落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】

第30話 正式な婚約

「――ディア!」


 大声で私の名を呼びながら入ってきたのは、ところどころ包帯を巻かれた、痛々しい姿のアーノルト殿下だった。
 顔にも傷を負っているからか、兜もつけずに素顔のままだ。


「殿下……! 私のために怪我をさせてしまって申し訳ありません」
「クローディア、良かった。とりあえず目を覚ましたなら良かった……」


 こちらに駆け寄ってベッドの脇に腰かけた殿下の指を見ると、包帯の上にじんわりと血が滲んでいる。

(まさか、私を飲み込んだ土砂を素手で掘り出したんじゃ……)


「殿下……私が馬鹿なばっかりにごめんなさい。ランプがないと夜道を歩くのは危険だと思って、私の考えが甘くて……」


 一国の王太子殿下に、これだけの怪我を負わせてしまった。しかも私は殿下にとって、ただの偽物家庭教師。守ってもらう必要もない、落ちこぼれの一平民であるのに。

 床に頭を付いて謝りたいほどの気持ちだが、こんな時に限って体を起こすことすらできない。殿下の方はいつも私に謝る時には深々と頭を下げてくれていたのに。

 色んな事が申し訳なくて情けなくて、私の目からは涙がこぼれていく。


「何を言うんだ、ディア。ランプを取りに洞窟に戻ろうとしたのは元々私だ。それに君は、私を命がけで守ってくれたじゃないか」
「いいえ、私は殿下を危険に晒しただけです」
「覚えていないのか? 君は土砂崩れの直前、洞窟に入ろうとした私を外に突き飛ばしたんだ。それで私は助かり、君だけが土砂に埋まってしまった」


 苦しそうに唇を噛んだ殿下は、いつの間にか私の右手を握っている。指を交互に挟む――恋人繋ぎで。

 私の手を取る殿下を見てリアナ様が不快な思いをするのではと不安でキョロキョロしていると、部屋の扉近くでゴホンと咳払いが聞こえた。咳払いの主は、ガイゼル様だ。


「アーノルト殿下、参りましょう。ディアが目を覚ましたら王城に戻るという約束をお忘れですか」
「しかし……」
「殿下。ヘイズ邸に毎日仕事を運んでくる俺の身にもなって下さい。あとはリアナ嬢に任せましょう」


 殿下は名残惜しそうに私の手を放すと、リアナ様に目配せをした。
< 74 / 105 >

この作品をシェア

pagetop