0.5%のハッピーエンドを求めて。
"ヒーロー"
朝のホームルーム。
いつも通りに終わるかと思いきや、担任が予想外のことを口にする。
「えー、今日は転校生を紹介するわ。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」
私立南沢高校。3年A組。ポカポカと、陽の光が温かい。
六月の中旬。
今日、一人の転校生がやって来た。
「皆さんおはようございまーす。那月柊也です。皆と早く仲良くなりたいです。」
典型的な自己紹介のテンプレート。
全てを分かりきったような笑顔と仕草。
……つまらない。
「……はぁ」
私_鞘野澄香_は、真顔でため息をついた。
そのまま彼から視線を外すと、机の中から一冊の本を取り出す。
周りの女子たちは、"かっこいい"とか言って、騒いでいるが、私にはその理由が分からない。
一人、黙っているわけにもいかないので、本を取り出したわけだ。
一ページ、ぱらりとめくる。
始めの文を読み始めたところで、本を閉じた。
……やっぱり、適当に選んだ本は、面白くないな。
今度はきちんと時間をとって選ぼう。
頬杖をつき、窓の外に思いをはせたところで。
「……ねぇ、その本面白い?」
急に、頭上から降ってきた声。
ゆっくり視線を上げると、ぱっちりとした2つの瞳と目が合った。
見慣れない顔だな……。
誰だ、と一瞬思ったところで、転校生の存在を思い出す。
「那月柊也。お前さ、僕の話聞いてなかったでしょ」
私が名前を知らないのを、分かってるような口ぶり。
第一印象は、見た目にそぐわない口調だな、っていうところ。
細い茶髪に、二重の目。
こういう容姿の人を、世間では"ヤンキー"と呼ぶらしい。
いや、イケメンとも呼べるのかな……?
うーん、"典型的なヒーロー"かな。
それで、そんなヒーローが私に何の用?
私なんかに話しかけるより、絶対他の人の方が良いと思うんだけど。
でも、それを顔に出しちゃいけない。
私が叩かれてしまう。
友達、という名の悪魔に。
「……どうしたの?」
あくまでも普通の笑顔。
彼は、私の机に投げ出されていた本をつかむと言った。
「これ、僕も読むんだけど、面白いよね。こういう系のお話、よく読むの?」
私は少しだけ拍子抜けしてしまった。
だって、彼の見た目からして読書好き、というのはあまりにも似合わない。
私が読んでいたのは、医療系の小説。
1月ほど前。
図書室に付き合わされて、借りないわけにもいかないから、適当に借りたわけで。
興味などみじんもない。
「えっと、まぁね。ところで、那月くんの席はどこなの?」
私が彼に何を言うか、視線を送ってばかりだった女子達の顔が、ふっと緩んだ。
きっと、彼に話しかけられた私に敵意を持っている。
はやく話し終われ、と念じていたゆえの視線だった、あれは。
ここは上手くスル―することが大事。
私のポジションは、"ヒロインの友達"なんだから。
「ここ」
「えっ、ここ……?」
彼が指さしたのは、私の隣。
クラスで、たった一席だけ空いているところだった。
普通に考えれば、空いているところに座るのは、普通なんだけど。
私の場合は、違うの。
絶対に敵に回しちゃいけない人が、いるから。
「はーい、じゃあ那月くんは鞘野さんの隣ね。はい、皆ホームルーム終わるよー。
学級委員挨拶してー。」
やめて、やめて、と必死で心で祈ってみるも。無駄だった。
はぁ、最悪……。
「姿勢をただしてー、礼っ」
教室中に響く、澄んだ声。
私のクラスの学級委員_一色 楓花の声が私の耳を通って、脳に届く。
楓花を敵にした日には___学校生活が、終わる。
皆がやっと終わったーと言わんばかりに、椅子からガタガタと立ち上がる。
その大半が、私の隣人の元へ。
そして、彼女も……。
「すーちゃんっ。転校生が隣の席なんて、凄いねー!」
色素の薄い、さらさらの髪。今日はハーフアップに結んでいる。
そして、まつ毛がびっしりと生えそろった瞳。
親は独自のファッションブランドを持っていて、大金持ち。
那月柊也と同じように言うならば……。
"典型的なヒロイン"だ。
「ねぇねぇ那月くん。あたし、一色楓花っていうの。一応学級委員だから、困ったら話しかけてね!」
早速那月くんに話しかけている模様。
那月くんは笑顔でそれに答え、二人だけの空間が出来上がる。
周りの人達は、そっとその場から離れた。
私はこっそりため息をついた……。
楓花は、イケメンが大好き。
近寄る者には容赦なく制裁を与える。
すっごく陰湿な方法で。
もうほとんど大人なのに、そんなことしてもいいのかといつも思う。
でも、楓花は。
クラスの女王……いや、帝王だから。
私も楓花の被害者になりそうで、ヒヤヒヤどころか、心臓がはちきれそうだったんだけど。
よかった……。思いのほか、楓花の機嫌が良さそうで。
ここは何も邪魔をせず、ニコニコと話を聞くことが一番いい方法。
「ええっ、那月くん紅葉通りに住んでるの?あたしも!秋になると紅葉綺麗だよねー。一緒に行きたいなっ」
「うんうん、そうだね。あ、僕のこと名前で呼んでもいいよ。苗字はちょっと他人行儀だろ」
どこかの漫画の主人公かよ、と心の中でひっそりツッコミをいれる。
楓花は、えーいいの?とか言って喜んでるけど、私から見たら、ちょっとずれてる。
同い年で那月くんみたいなこと言う人、見たことない。
皮肉なことにも、彼の綺麗な横顔を眺めていたら。急に目の前に茶色の髪の毛が。
「ねぇ、君名前、なんて言うの?」
「へっ……?」
あっ、話しかけられただけか。
今まで作り笑顔で適当に話を聞いていたから、とっさに言葉が出ない。
「えっと」
「あ、この子は鞘野澄香ちゃんっていうの。あたしの幼馴染で、すっごく優しい子なんだー!」
楓花がキラキラスマイルで私を紹介。
きっと、私が那月くんと話すことが嫌だからだと思うけど……。
"すっごく優しい子なんだー!"
あの私に向けられた笑顔。
嘘じゃ、なかった。
楓花は怖いし、敵わないけど。
時々楓花が何者かわからなくなる……。
「へぇ、幼馴染。いいよね、僕も憧れる」
なにが憧れる、よ。
私は幼稚園から楓花の幼馴染のせいで、すっごく苦労したんだから……!
まず、遊ぶときの私服の差に驚き、容姿の差に悲しんで……。
でも私は楓花の友達なんだよ。楓花のおかげで、クラスでぼっちにならずにすんでいるんだから。
だけど……。
「すーちゃん?」
楓花に名前を呼ばれ、慌てて応じる。
「あっ、なに?」
「何って……。すーちゃん、さっきからずっと上の空だなーって柊也くんと見てたんだよ?」
「ごめんっ、ちょっと考えごとしてて」
それなら良かった!と、笑顔で返される。
私は時々、自分の居場所が分からない。