少女達の青春群像     ~途切れなかった絆~

黒崎からの誘い

 時は、11月。響歌の嫌いな冬がやってきた。

 地元にいる時は平気だったのに、都会に出てから寒さにめっぽう弱くなってしまった。特に実家の夜が辛い。実家は昔ながらの日本家屋なので隙間風が部屋に入ってくるのだ。お陰でよく風邪をひくようになってしまった。

 できれば実家には正月だけ帰りたい。そんなことを思っていたが、やはり予定通りにはいかないもの。既にクリスマス前の23日に柏原市の方で予定を入れてしまった。

 これ以上は予定が入りませんように。響歌はそう願っていたが、やはりそんな時に限ってその通りにはならないものである。

 相変わらずの残業中、黒崎から電話がかかってきたが、さすがに仕事中は電話に出られない。キリのいいところで区切りをつけて更衣室に行った。そこで電話をするのだ。

 黒崎はメールやメッセージを打つのが嫌いなのか、連絡があるとしたら電話をかけてくる。まぁ、その方が響歌も手っ取り早くていいのだが、さすがにすぐ対応できる時ばかりではない。たまにはそういった機能も使って欲しい。

 とはいう響歌の方も、実は電話の方が手っ取り早いと感じる方だったので、黒崎に対しては電話ばかりなのだが…

 電話の方が好きなのは、元彼もそうだった。メールやメッセージよりも、電話。電話よりも実際に会うのが好きな人だった。つき合う前は『会いたかった』だの『声が聞きたかった』だの言って、よく口説かれていたものだ。

 まぁ、そういう人に限って口説き慣れているから、注意はしていたのだけど。

 見事にハマってしまったのよねぇ。

 少し思いだして溜息を吐く。それでもそんなことをしている暇はない。更衣室にはいるが、仕事が終わったわけではないのだ。ほとんどの女子社員が定時で帰っているので電話中に誰かが来ることはなさそうだが、それでも数名残っている。その人達が来るまでに電話は終えていたい。

 響歌は黒崎の電話番号を画面に出すとそれをタップした。呼び出し音が二、三回鳴り、黒崎が出る。

「あっ、響歌ちゃん、仕事終わった?」

 挨拶もなく、仕事のことを訊いてくる。彼も響歌がよく残業しているのを知っているので、自然とこの言葉が出たのだろう。

「まだだよ。あと少しすることがあるんだけど、少し時間が空いたから休憩することにしたの。ところでさっき着信あったけど、何かあったの?」

「実は12月16日の夜に高校の時の同窓会があるんだ」

 16日といえば土曜日だ。次の日が日曜で休みの人が多いから自然とその曜日になったのだろう。

「そうなんだ、ちょっと久し振りだよね。行くのなら楽しんできてね。そうそう、誰が来ていたのか、また会った時にでも教えてね」

 断る前提の言葉に、黒崎が焦った。

「ちょっ、待った、待った。だから参加しない?って、訊きたかったんだけど!」

 まぁ、そうなんだろうとは思ったんだけどね。

「それって、16日にあるんでしょ。私、その次の週にも地元に用事が入ったから帰らないといけないし、正月も帰るから。さすがに1カ月に何回も帰りたくないよ」

 場所はまだ訊いていないが、どうせ柏原でするのだろう。これまでの同窓会もすべて柏原で開催されていたのだから。

 地元からでも1時間かかるのに、今住んでいるところだとその倍以上かかってしまう。しかも12月は大抵の職場が忙しいはずだ。さすがに今回は柏原市在住の皆様で楽しんで下さいとしか言えない。

 黒崎君も今は柏原から1時間離れたところに住んでいるのに、こんなことを言うってことは参加するつもりなんだ。しかももしかしてメンバーも集めている側?

 それだとあっさり引いてくれないだろう。これは時間がかかるかもしれない。

「ねぇ、参加しようよ~」

 案の定、誘いにかかってきた。

「いや、だから嫌だって」

「お願いします、参加して下さい!」

「そんなことを言われてもね~」

「終わったら送っていくから!」

「それだと黒崎君が辛いでしょ」

「久し振りに級友の顔も見たいでしょ!」

「暇だったらね」

 こういったやり取りがいつまで続いただろう。

 結局、折れたのは響歌の方だった。

「…わかったわよ。参加すればいいんでしょ」

 その頃には、声すらも疲れ果てていた。

「いやぁ、ありがとう!」

 対する黒崎は、元気一杯だった。

「でさぁ、響歌ちゃんも誰かに声をかけておいて欲しいんだ」

「同窓会に参加しようって?」

「そう、オレは他に、カナちゃんとみーちゃんと高尾に声をかけたんだ。みーちゃんはダメだったけど、カナちゃんと高尾は来てくれるって」

「そうなんだ」

 みーちゃんは断ったんだ。どうやって断ったんだろう、この人、凄くしつこいのに…

 カナちゃんはすぐに参加しそうだけど、高尾君は県外に住んでいるのに参加するのか。きっと、やっぱり、凄く、かなりしつこかったんだろうなぁ。

 そんなどうでもいいことを頭の片隅で思いながら、響歌は黒崎と話していた。

 結局、響歌も同窓会に参加することになり、仕事が終わってから連絡できる人に同窓会のことを伝えてみるということで電話は終わった。



 響歌が同窓会のことをまず伝えたのは舞と亜希だった。無理強いはしないつもりだが、成功率を高める為にメッセージではなくて電話をかけた。そのお陰もあるのだろうか、2人共あっさり参加してくれることになった。

「うん、参加するよ。今度ある時は絶対に参加するって決めていたんだ」

 亜希はそんなことまで言ってくれていた。

「それでさぁ、歩ちゃんと華世ちゃんとこずちゃんにも伝えておいてくれないかな。返事は2、3日中に欲しいんだけど」

「うん、わかった。すぐに連絡しておくよ」

 自然と亜希をこき使う響歌に、なんの疑いもなく了承した亜希。

 よし、これでそっち方面は終わった、と。

 舞は県外に住んでいるので多分不参加だろう。響歌はそう思っていたが、意外にもすんなり参加してくれた。

「うん、いいよ。久し振りだしね」

「えっ、いいの。だってムッチーのところって、高速でも4時間はかかるんでしょ?」

「大丈夫だよ。たまにはこういうのもないとね。それにもちろん、その日は実家の方に泊まるから」

 なんという、すんなりとした返事!

 自分はかなり渋っていたので、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

「亜希ちゃんも参加してくれるみたいなんだ。それで亜希ちゃんには、歩ちゃんと華世ちゃんとこずちゃんに連絡してもらうから、ムッチーの方はまっちゃんと沙奈絵ちゃんにしておいてくれるかな?」

「うん、いいよ」

 舞までこき使おうとする響歌だったが、亜希に続いて舞もこれまた軽く引き受けてくれる。

「あっ、でも、さっちゃんはどうするの。さっき言ったメンバーに入っていなかったけど」

「あぁ、さっちゃんかぁ。さっちゃんもそうだけど、智恵美ちゃんと奈央ちゃんも県外でしょ。あまり地元に帰っていなさそうだし、私からは連絡しないでおこうかなと思っているんだけど」

 特に智恵美ちゃんは都会に出てから一度も地元に帰っていない。正月なども両親の方が智恵美ちゃんに会いに都会に行っているという話だ。誘っても無駄だろう。


 あっ、待てよ。さっちゃんは来るかもしれない。なんたってヌラ幹事の同窓会にまで参加していたのだから。

 いや、でも、さっちゃんなら橋本君から連絡があるか。

「一応は誘っておいた方がいいのかなぁ。一度だけ電話してみるわ。出なかったら、そのままでおいておく。どうせ橋本君の方から連絡がいっているだろうしね」

「あっ、そうか。そうだよね。じゃあ、私はその2人にしておくね」

 よし、これでまた2名、私から連絡しなくてもいい!

 舞との電話を切った後、響歌が小さくガッツポーズをしたのは秘密だ。

 面倒なことはさっさと終わらせる。それがモットーの響歌は紗智に電話をかけてみた。紗智はすぐに電話に出た。響歌が同窓会のことを伝えると、紗智は既に知っていた。

「あ、そうなんだ。誰から聞いたの?」

 何気なく訊いた響歌に、紗智は言いにくそうに答えた。

「え…あ、橋本君」

 あぁ、そういえばさっちゃんには高校の時に私の身に起こった一連のことを話していないんだった。

 それだったら、まぁ、こんな感じにもなるか。

 私の方は、もうまったく橋本君に気持ちは無いけどね!

「あぁ、そういえばそうよね。わかった。でも、土曜日も会社なんでしょ。大丈夫なの?」

 紗智は柏原で仕事をしているわけではない。響歌と同じ都市で仕事をしている。定時で終わったとしても絶対に間に合わない。同窓会の開始時間は夜の7時なのだから。

「それは仕方がないよ。多分、遅れて行くと思う」

「そうなんだ。じゃあ、また同窓会でね」

「うん、バイバイ」

 さっちゃんも参加…か。

 かなり参加率がいいわね。結局、渋ったのって、私だけだった?

 さっちゃんなんて、私と同じ都市で働いているのに。しかもその日も仕事なのに、同窓会に参加するつもりなんだもの。凄いわ。

「私だったら、即断っているのに」

 まぁ、仕事じゃなくても即断ってしまっていたけどさ。

「愛の力って、やつなのかしらね?」

 う~ん、愛の力は凄いわ。

 妙なことに感心していると、響歌のスマホが鳴った。真子の名前が表示されている。

 まっちゃんからだ、珍しい。まっちゃんは電話よりもメールやメッセージの方が多いのに。

 不思議に思いながらも電話に出ると、真子はもう舞から同窓会のことについて教えてもらったようだ。それでも2、3日前にならないと勤務の日なのかどうかわからないらしく、即答できないらしい。

「でも、行きたいんだ」

 いや、そんなことを、私に言われても…ねぇ。

 要は、返事は2、3日前まで待って欲しいということだ。

 それでもさすがに響歌にはどうすることもできない。自分は黒崎に言われて声をかけているだけで主催者ではないのだ。

「さすがにそこまでは、私にはどうしようもできないかな。行きたいのなら、黒崎君の方に連絡してくれるかな?」

 黒崎の方がまだ対処してくれるだろう。そう思い、彼に任せることにした。真子も彼の連絡先は知っているはずだから。

「わかった」

 真子は暗い声だったものの、納得してくれたようで電話が切れた。

 少しだけ予想外のことはあったが、これで一旦は響歌の役目は終了ということになる。



「さすが響歌ちゃん。こんなにたくさんありがとう!」

 黒崎の声は弾んでいた。

「いや、私も連絡をまわしてもらっただけだから。じゃあ、また同窓会の時にね」

「あっ、そうだ、駅からその場所に歩いて行くのは遠いから、乗せていってあげようか?」

 思いもよらない黒崎からの申し出だった。

 いや、気遣い屋の彼なら当然の言葉だったか。

 響歌は少し考えてから断った。

「いや、いいよ。その前にみんなで集まるつもりだから」

 表向きはその理由だが、裏の理由もある。黒崎と一緒に同窓会の会場に現れたら誤解されそうだからだ。

 高校の時に噂で散々な目に遭ったのだ。これ以上はさすがに勘弁して欲しい。それに黒崎にも迷惑をかけてしまう。

「そうなんだ、じゃあ、会場でね」

「うん、またね」

 黒崎との電話を終えると、溜息を吐いた。

 響歌が報告した人数は自分を入れて7名。舞、歩、亜希、華世、こずえ、そして一応紗智の名も入れておいた。沙奈絵は不参加、真子も結局黒崎に連絡をしなかったようなので不参加なのだろう。

 これで自分の役目はすべて終了。あとは当日を迎えるだけだ。
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