少女達の青春群像     ~途切れなかった絆~
 同窓会の会場は、市内の端にある居酒屋『大黒屋』だ。着いた頃は、当たり前だがあたりは真っ暗だった。7時まであと30分くらいある。土曜日ということでお客が多かった。案内札を見てみると個人名ばかり。その数もやはり多かった。

「あれ、同窓会関連の名前が無いね」

「もしかして幹事の名前で予約したのかな」

 亜希と華世が案内札の前で部屋を探している。

 そういえば誰が幹事なのだろう。そのことを訊き忘れていたので、響歌は黒崎に電話をしてみた。

「あっ、黒崎君、今ちょっとだけいい?」

「うん、いいよ」

「いきなりだけど今日の幹事って、誰?」

「幹事?誰だったかな…」

「実は予約してあるのが個人名ばかりなのよ。だから誰なのかと思って」

「もうすぐ着くから、ちょっと待っていて」

 響歌と黒崎はそんな会話をしていたが、その間に該当する人物が見つかったようだ。

「あっ、わかったみたい。やっぱりいいや。ごめんね」

 響歌はそう言うと、慌てながら電話を切った。

 その時、亜希が外を見て驚いた。

「中葉君だ!」

 亜希の声に、全員が外を見る。

 出入口のすぐ傍に中葉がいた。いつかのCDのように髭面だったが、高校の時のように背が曲がっていたのですぐにわかった。すぐにでも店内に入ってきそうだった。

「は、早く、な、中へ、中へ!」

 舞がうろたえながらみんなを急かす。

 5人は急いで部屋に向かった。

 2階の奥の部屋の前に『井波(いなみ)様』と書かれている札があった。多分ここだ。井波とは3年間同じクラスだった。襖を開けてみると座敷が広がっていた。テーブルが2列になって置いてある。部屋には見覚えのある顔が揃っていた。やはりここで正解だったらしい。各自受付をしていると、橋本の隣にいる紗智を見つけた。

「あれ、遅れるんじゃなかったっけ?」

 出入口のすぐ傍に座っていたので響歌が受付をしながら訊いてみると、紗智が答えた。

「今日は会社を休んだんだ」

 あっ、やっぱりそうなんだ。

 みんな受付を済ませたので、どこに座ろうか見渡すと、紗智達がいる反対側の机にこずえの姿を発見。周囲もまだ空いていたのでそこに座ることにした。

「こずちゃん、久しぶりー」

「いつここに着いたの?」

 そんなことを口々に言いながら座っていく。

 こずえは一番端に座っていた。その向かいに響歌が腰を下ろすと、隣に華世、亜希、歩の順で座っていく。こずえの隣は紗智が座った。どうやら恋人よりも友情を取ったらしい。その隣は舞だ。

 席も確保できたので、響歌は黒崎に電話をかけた。無事着いたという報告をしたかったのだ。

「ごめんね、さっきは途中で切って。無事に着いたから」

「それなら良かった。ところで男子は誰が来ているの?」

「えっ、ちょっと待っていてね」

 響歌はそう言うと、後ろを見てみた。男子はすぐ近くにいたが、合っているのかどうか少し不安だ。亜希の傍に行って耳打ちをする。

「ちょっと亜希ちゃん、男子は誰がいるのか教えて。右から順番に!」

「誰がいるって…あんたねぇ。まぁ、ちょっと待っていて。え~と、高尾君、橋本君、サトル、中葉君よ」

 早速、黒崎に報告する。

「高尾君、橋本君、サトル、中葉君が来ているみたい」

「少なっ!」

 そりゃ、そうでしょ。今は12月の半ばだもの、来る人の方が珍しいよ。特に男子なんて、ほとんど都会に出ているのだから。

 そうは思ったが、口に出しては言わなかった。

 黒崎も駐車場には着いていたようだ。もうすぐここに来るだろう。

 電話を切ると、亜希の呆れた顔が目に入った。

「協力、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして。本当に響ちゃんって、人忘れが激しいよね」

「一言余計だよ」

 響歌は自分の席に戻ると、卒業以来出会っていなかったこずえと話し始めた。出入口に背を向けていたので、この後、誰が来たのかはわからない。だからもちろん黒崎がいつ来たのかもわからなかった。こずえの前を陣取ったはいいが、この席では全体を見渡すのがとても不便だった。舞の隣にでも行った方が良かったかもしれない。せっかく来たのだから人間ウォッチングも楽しもうと思っていたが、どうやら場所取りに失敗して今回はできなさそうだ。

 それでもまぁ、こずえに会えたからいいかと思い直し、彼女との会話を楽しんでいた。隣にいた華世も交じって話している。

 こずえは在学中から大人っぽかったので、久し振りに会っても変わっていないように感じた。早々と結婚し、旦那様と2人で暮らしている。

 歩は亜希と、舞は紗智と話していた。どうやら紗智は、真子に会いたかったようだ。

「まっちゃん、参加できなくて残念だったね」

「そ、そうだよね」

 舞が紗智に話を合わせているが、少し動揺していた。真子の参加に全力を尽くしていなかったので気が引けたのだ。

 時間は7時を過ぎていたが、まだ始まらない。

 幹事グループの加藤が立ち上がった。

「みんな、もう少し待って!」

 どうやら遅れている人がいて、その人を待ちたいらしい。響歌達はもちろんそれで良かった。そんな人がほとんどだったと思う。

 その中で、中葉だけは不満そうだった。

「早く始めよう!」

 加藤が言った後、すぐにそんな言葉を返していた。

 中葉も、今は響歌と同じ都会で暮らしている。柏原にはもう実家が無いので今日のうちに戻るつもりなのだろう。だが、その電車はなんと夜の9時台が最終だ。だから彼は早く始めて欲しいのだ。

 結局、何分遅れで始まったのだろうか。話に夢中になっているうちに遅れていた人も着いたようだ。

 同窓会というのは、食事をする会ではなくて飲みながらおしゃべりを楽しむ会だと思っている。だから普段の響歌は食べるよりも飲む方を優先しているが、最近は残業続きで体調があまり良くなかったので今回は控えることにした。

 そんな理由でノンアルコールの飲み物を頼んだものの、今回もあまり食事はしなかった。おしゃべりに夢中になっていたのだ。みんなで取りわける形式だったので余計にそうだった。華世とこずえもそうだったと思う。その他の面々は、響歌のいる位置から離れていたのでちょっとわからない。

 みんなお腹が満たせたのだろう、これまでよりも話し声が大きくなってきた。立ち上がって場所移動をしている人もいる。もう少ししたら自分もそうしようかな。

 響歌がそんなことを思っていると、響歌とこずえの間…いわゆるお誕生日席に誰かが座った。すぐにその方向に視線を向けて、驚いた。

 なんと黒崎が、響歌の顔を覗き込むようにしていたのだ。

「久し振り」

「…久し振り?」

 つい疑問形で返してしまう。さっきまで電話でやり取りしていたのもあって、久し振りとはまったく思えない。

 まぁ、1カ月くらい会っていないから、久し振りといえば久し振りなのかな?

 それにしたって、なんであんなに顔を近づけるのよ。すっごく驚いたじゃない!

 黒崎は響歌に挨拶をした後、すぐにこずえとも挨拶を交わしていた。その時は覗き込むようではなくて、普通に『久し振り』と言っていた。

 そのままこずえと話すのかと思えば、片手を上げて少し離れた場所にいた舞に向かって叫んだ。

「ムッチー、結婚おめでとー!」

 舞は仰天した。挙動不審になりながらも黒崎に応えている。その姿は高校の初期のようだった。

 この時の黒崎の口は、飲み食いするよりもしゃべる方にばかり力を注いでいた。舞にそんなことを叫んだ後は、すぐにこずえにも話しかけていた。

「新婚生活はどう?」

 結婚してから5年くらい経っているのに、こずえはそれに対して突っ込まずに律儀に応じていた。

 黒崎は響歌には何も訊いていなかった。響歌の方も黒崎に何も訊いていない。こういった場では話すことが無いくらいお互いのことを知っていたからだ。

 響歌と華世は黒崎とこずえが話しているのを聞いていたり、時々口を挟んだりしていた。こずえの反対隣には紗智がいたが、彼女は話を聞いているだけだった。黒崎が『橋本と順調?』と訊いていたが、頷いただけで彼とのこともまったく語らなかった。

 話の途中、黒崎がフと響歌の顔を見た。

「これ、何?」

 響歌の飲み物を指さしている。

「これ?ノンアルコールのビール」

 響歌がそれだけ言うと、すぐにそれを水を飲むように一気に飲んでいく。

 なっ!

 驚く響歌の前で、黒崎は響歌の飲み物をほとんど飲んでしまった。

 あの…私、ほとんど飲んでいなかったんですけど。

 響歌が恨めしそうに氷だけになったグラスを見ている。

 黒崎はそんな響歌の視線がわかっているのか、そうでないのか、再びこずえ達と話していた。それでもずっとこの場にいるつもりは無かったようで、腰を上げて違うところに行ってしまった。

 響歌は仕方なく店員を呼び止めると、今度はジンジャーエールを頼んだ。

 この時の黒崎はとても落ち着きがなかった。同窓会の間、黒崎は男子達と固まって過ごすのだろうと思っていたし、彼とは話すことはないだろうと響歌は予想していたが、実際は違った。早々に挨拶しに来てくれたし、今も至るところで彼の声が聞こえてくる。

 そういえば、彼は気遣い屋だった。このような場だと、自ら率先して場を盛り上げてくれていた。最近は2人でしか会っていなかったので、こういった部分を持っていることを忘れていた気がする。

 黒崎は色々なグループ間を移動していたが、響歌のところを休憩場所としているのかよく現れていた。響歌とこずえの間へまた来たと思ったら、すぐどこかに行く。響歌の前にジンジャーエールが置いてあるのを目ざとく見つけると、響歌にそれが何なのか訊ね、さっきのように許可無く一気に飲んでもいた。

 ちょっと、それは私が頼んだものなんですけど!

 黒崎が去った後には、またもや氷だけになったグラスが虚しく置いてあった。

 そんなやりとりを、舞が遠くから目を細めて見ていた。

 …怪しい。

 いつもの黒崎君じゃない。どう見ても、カップルにしか見えない。

 そんな風に思っていると、舞のところに黒崎がやってきた。

「久し振りだなぁ。元気にしていたの?」

「久し振り、元気にしていたよ」

「結婚したんだって。今どこに住んでいるの?」

「うん、1年前にね。今は県外に住んでいるんだ。ここから車で高速でも4時間くらいかかる」

「へぇ、遠いところに行ったんだなぁ。それなのにわざわざ来てくれたんだ。ありがとう」

「お礼なんていいよ。私もたまにはこういったことに参加したかったし、実家にも顔を出したかったから」

「あっ、それって、結婚指輪?」

「あっ、うん」

「見せて、見せて」

 相変わらず黒崎は人懐っこい。こういった感じで色々な人と話をしていた。

 それでも響ちゃんに対しては、他の人よりも踏み込んだ感じなんだよね。

 あ~、ちょっと席取り失敗したかなぁ。響ちゃんの隣を陣取っとけば良かったよ。

 黒崎は和やかに話しながらも、彼女がいないことを嘆いていた。

「ここは彼氏がいるし、ここは結婚しているし…」

 『ここ』と言った時、紗智とこずえをそれぞれ指さしている。

「オレだけいないなんて、寂しいな~」

 何年か前に彼女がいた時は彼女のことを鬱陶しそうに言っていたのに、偉い変わりようだ。

 黒崎は彼女がいないことを嘆いていたが、すぐにまた別グループのところに去っていった。

 黒崎君って、彼女がいないのをあんなに嘆くタイプだったっけ?

 舞はそんなことを考えていたが、それを中断させる出来事が起こる。

 なんと今度は、響歌とこずえの間に橋本が座ったのだ。

 ちょっと待ってよ。黒崎君の指定席にハッシーが座ってしまったわよ。しかも黒崎君のように挨拶もせず、ここはオレの指定席だというかのように!

 舞は橋本の行動に怒っていたが、橋本は座ると同時に小さくお辞儀をしていた。これが、彼がみんなに向けた挨拶だったのだろう。舞は橋本から少し離れた場所にいて、それに気づけなかったのだ。

 それでもすぐ隣にいた響歌は気づいたので、橋本がここに座ったことを不審に思いながらも、大袈裟に慌てたり驚いたりはしなかった。

 すぐに華世が橋本に話しかけた。

「今、どこに住んでいるの?」

 華世ちゃんってば、ハッシーになんて優しい対応をしているのよ。あんなの無視しておけばいいのに。

 やはり舞は、橋本に対して厳しかった。

 橋本は華世の質問に素直に答えず、響歌を顎で指した。

「この人が知っているわ」

 この人って!

 あっ、響ちゃんの眉間に皺が…

 自分の質問をそんな風に返された華世も怪訝そうだ。

 もちろん『この人』呼ばわりされた響歌が素直に答えるわけがない。

「ジャングルの奥地だったっけ?」

 酷いことを口にしていた。

 ぷっ、響ちゃんってば、面白い返しをしてくれているじゃないの!

 舞はこのやり取りを面白がっていたが、隣は怖くて見られなかった。

 舞の傍には、橋本の彼女である紗智がいる。忘れてはいけない、その紗智も今のやり取りを見ているのだ。

 普通は彼女の方に話を持っていくのに、なんで響ちゃんの方に話を振るかな。そもそも響ちゃんが、今のあんたの居場所なんて知るわけがないでしょ。

 どうやら橋本は、今は実家にいるらしい。ようやく自らの口で居場所を言ったのだ。

 そう、居場所くらい、こうやって自分の口で言うべきなのよ。子供じゃないんだから。

 あっ、ハッシーはお子様だったわ。じゃあ、あれでいいのかしらね?

 しつこいようだが、やはり舞は橋本に対して厳しかった。

 今はこずえも橋本と同じ町の住人だ。結婚してからはそこにアパートを借りて住んでいる。2人はしばらくその町について話していた。

 それでも話している途中で、さすがにこずえが気になったよう。

「席を変わろうか?」

 自分の隣には紗智がいる。だから彼女である紗智の隣に来たら?と、橋本に言ったのだ。

 そう、そうよハッシー、そこはどいた方がいいわ。そうしないとさっちゃんの雰囲気が悪くなっていっているんだから。

 これ以上悪化すると、隣にいる自分が巻き添えになってしまう。それはさすがに御免だ。

 ほら、響ちゃんだって迷惑しているじゃないの!

 そのことを口に出せない舞は、その気持ちを視線に込める。

 だが、橋本には通じなかった。

「いや、いい」

 なんとこずえからのありがたい申し出をあっさり断ってしまったのだ。

「そういえば一時期、別れたという話を聞いたんだけど?」

 しかもこずえが、いきなりこの場に爆弾を投下した。

 その時、今まで黙っていた紗智が、橋本を責めた。

「あれはこの人が~」

 今度は橋本が彼女に『この人』呼ばわりされている。

 『この人』といい、『この人』といい。このカップルって、やっぱりお子様よ。つき合っても性格が合わないだろうと思っていたけど、本当は合っていたのかしらね?

 そんなどうでもいいことを思う舞の前では、橋本が言い訳をしていた。『あれは黒崎が~』と、この場にはいない黒崎のせいにしている。しかも『黒崎が全部悪い』とまで言っている。黒崎にとってはいい迷惑だ。

 響歌は橋本の相手をしながらも、居心地が悪くて仕方がなかった。

 黒崎君もよくここに来ていたから落ち着かなかったけど、この状況も落ち着かない。

 それでも黒崎君にはすぐに動き出す気配があったのに、橋本君は動く気がまったく無いのか、どっしりと腰を下ろしているわよ。

 このグループの一員ですといったような感じで堂々としているけど、いつまでここにいるのよ。男子達のところに戻ればいいのに。

 せめてこの場にさっちゃんがいなければ、まだ楽に対応できるんだけどなぁ。

 橋本がこの場に来てから、響歌は紗智の方に視線をやることができなかった。

 怖かったからだ!

 華世が隣にいたので、橋本を気にしつつも元彼とのいきさつを華世にも説明していた。本当はトミオムにいる時に話すつもりだったが、黒崎のことでからかわれて時間が無くなってしまったのだ。

「何よそれ、腹立つなー」

「でしょー、それでね…」

 なんていうことを2人で向かい合って話していると、どこからか黒崎が登場。話の内容から元彼とのことだとわかったらしい。

「あ、〇〇〇〇?」

 しゃがみ込んで元彼の名を出すと、華世と亜希に追いやられていたけれど。

「そういえば最近、歩ちゃんと会ったそうじゃない。覚えていなかったみたいだけど」

 この間、歩が話していたことを思い出した響歌は、橋本に話を振ってみた。

 実は何週間か前に、歩が橋本と偶然会ったのだ。橋本は大学を出た後は地元に戻って車関係の仕事に就き、地元にある関連会社を点々としていた。どうやら現在は柏原の会社にいるらしい。

 歩がそこに行くと、仕事着姿の橋本を発見。容姿が高校時代とまったく変わっていなかったし、名札も付けていたので歩の方はすぐに橋本のことがわかった。

 だが、橋本の方は歩に声をかけられても、しばらくは誰なのかわからなかったという。

 響歌に責めた風に言われた橋本は、周囲に言い訳をしてから歩の元に向かった。あの時のことを謝りに行ったのだろう。

 よかった、響ちゃんが自らハッシーを追い払ったわ。

 それでもこの様子だと、すぐに戻りそうね。

 舞の予想は当たった。橋本は歩とその時のことを少し話すと、すぐにまた響歌とこずえの間に戻った。

 橋本が戻ると、今度は響歌が席を立ち、歩の元に行った。歩とは今日はまだほんの少ししか話していないので話がしたかったのだ。

 響歌はそんな思いで席を移動したのだが、舞は響歌のその行動を誤解していた。

 まったくもう、ハッシーがまた戻ってきてしまったから、響ちゃんの方が動く羽目になったじゃないの。

 きっと響ちゃんは、これ以上ハッシーと話すのが嫌だったのよ。

 ハッシーのせいで、黒崎君があまり来なくなっていたしね!

「歩ちゃん、田村っちとはどう?」

 響歌は歩の元に行くと、彼氏とのことを訊いた。歩の彼氏である田村(たむら)は、元々は響歌の男友達。響歌が2人を引き合わせたような形だった。

 だが、その田村は友達にしておくには面白くていい奴なのだが、友達に紹介するのは避けたいタイプ。要するに、女の人大好き人間。彼女がいても平気で浮気をするからタチが悪い。

 響歌は歩のことがとても心配だった。田村に狙われているとわかった時、歩に注意しておくように忠告していたくらいだ。

 歩は『私は大丈夫だから!』と自信満々で言っていたが、全然大丈夫ではなかった。田村の方が一枚上手だったのだ。田村が歩を落とすのにそう時間はかからなかった。

「うん、順調だよ。相変わらず手慣れていそうだけどね」

 そりゃ、そうだろう。田村は女性の扱いに関しては群を抜いている。さりげない気配りもバッチリできているのだ。たとえば食事をする時に女性を壁側の方に促したり、道を歩く時は車道側を自分が歩くといった、細かいことまで計算してやっている。

 そう『計算して』しているのだ。これは本人の口から聞いていたので確実なことだった。

 田村のことを話していると、またもやどこからか黒崎が登場した。しかもどうやら2人の話を聞いていたらしい。

「田村君はいい人だ」

 歩に向かって、しきりに田村のことを褒めている。

 しばらくそんな感じで田村のことを話していたが、歩の隣にいた黒崎美奈(くろさきみな)に気づいたよう。

 黒崎美奈は高校3年の頃、黒崎とよく話していた。同じ苗字で出席番号が前後だったので自然とそうなったのだろう。大抵は黒崎の方から話しかけていたが、あまりにもよく2人で話しているので歩が怪しんでいた。とろけるような笑顔で、彼らのやり取りを響歌や亜希に報告していた。

 そんな2人だったのに、卒業後は接触していなかったらしい。黒崎は美奈を見て目を丸くした。

「もしかして黒崎美奈ちゃん?えっー、美人になったなぁ。眼鏡をしていない方が絶対いいよ!」

 驚きのあまり声が裏返っている。

 そんな黒崎に対して、美奈の方は落ち着いていた。

 黒崎は美奈にも彼氏がいるのか訊ねている。美奈に彼氏がいると知ると、またもや嘆いていた。

「なんでオレには彼女ができないんだろうなぁ。オレのどこが悪いんだろうなぁ?」

 わざと変顔になり、歩と美奈に訊いている。明らかに2人は対応に困っていた。

「本気で欲しいのなら、機嫌がいい時と悪い時の差を縮めましょう。電話でも、機嫌が悪い時は一発でわかるわよ」

 2人に代わり、響歌が本当のことを言う。

「えっー、それはほら、夜だと近所迷惑になるから、声を抑えているだけで…」

 何やら言い訳をしているが、絶対にそれは嘘だから!

 このことは響歌だけではない。みんなが言っているのだ。やはり直した方がいいだろう。

 その時、黒崎が冗談っぽく言った。

「オレらもつき合うか!」

 これはやはり響歌に言っているのだろう。

 響歌は肩をすくめた。

「今はいなくても、黒崎君にはすぐに彼女ができるって」

 これは本当にそうだと思う。今はたまたま彼女がいないだけだ。

 それでも本人からしたら、そう楽観的には思えないのだろう。

「出会いが無いもん」

 口を尖らせてそんなことを言っている。

 それでもいつまでも引きずらないのが黒崎だ。

「そうそう、今月一千万売上がいったら、2月にボーナスが出るんだ」

 笑顔で話題を変えてきた。

「へぇ、ボーナスが出るんだ。良かったじゃない。今はどこまで行っているの?」

「今の時点で三百万かな。でも、オレが店を任されてから三百万、四百万って上がっているんだ」

「そうなんだ、頑張っているんだね。でも、ちょっと厳しいのかな。今で三百万なんだよね?」

「そうなんだけど、頑張る。なんたって、オレは社長に期待されているからね。この間も、社長から車を譲ってもらったんだ。シーマなんだけどさ」

「シーマですって!」

 何気なく会話していたが、黒崎の口から出た『シーマ』という言葉に響歌が食いついた。

 実は響歌はシーマに乗ったことがある。一度だけだったが、その乗り心地の素晴らしさにすぐにファンになってしまった。

 そんなシーマに黒崎君が乗っているなんて!

「今度、是非乗せて!」

 なんて簡単な女なのだろう。

 響歌の頼みに、黒崎は快く承知する。

「もちろんいいよ」

 そんな話をしていると、いつの間にか歩と奈美の姿が消えていた。

 2人だけで話していた響歌と黒崎を、相変わらず目を細めて見ている舞。

 怪しい、怪しいですぞ!

 そんな舞も、ずっと2人を観察する程、暇では無かった。久し振りのみんなとの会話を楽しんでいた。

 もちろん中葉の動向に注意をして!

 まったくもう、響ちゃんってば、ヌラに注意しておかないといけないのに、黒崎君との会話に夢中でそのことはすっぽりと頭から抜けているんだから。

 ヌラがここに来てしまったらどうするの!

 男子達で固まっているのならまだ安心していられるけど、今ここにはそのうちの2人がいる。奴が飄々としながら加わってきてもおかしくないのよ。

 それでも在学中とは違って、中葉が舞達のところに来ることは無かった。それどころかほとんど出入口の方にいた。もう少し詳しく言うと、写真撮影の時くらいしか移動していない。

 あの人ってば、なんの為に時間をかけてここまで来たのだろう?

 そんなことを思っていると、黒崎が舞の隣に座った。

 あれ、さっき話をしたのに、また話しに来たのかな?

 一瞬そう思ったが、どうやらそうではないらしい。さすがにお腹が空いたのか、目の前にある握り寿司を食べ始めた。

 えぇっ、この人、そのまま食べているよ。醤油をつけないの?

 しかもやっぱり食べるよりも話す方に力を注いでいるし!

「オレのどこが悪いんかなぁ」

 そんなことを言われても、どう答えろって言うの!

 歩ちゃんと美奈ちゃんが戸惑っていた気持ちがとてもよくわかるわ。

 みんな黒崎の言葉に乾いた笑いしか出てこない。

 その時、響歌が誰も手をつけていない小皿を黒崎の前に置いた。その中には醤油が入っている。

「痩せ過ぎだと思います。もっと食べましょう」

 響歌が言ったその言葉は、みんなが高校の頃からずっと思っていたことだった。

「そう、そう」

「もっと食べた方がいいよ」

 そんな声まで飛んでいる。

 響歌が差し出した醤油に寿司をつける黒崎。

「やっぱり寿司には醤油をつけないとね!」

 なんて言いながら寿司をバクバク食べていた。

 ちょっと、響ちゃんと黒崎君って、息が合い過ぎでしょ。ってか、熟年夫婦みたいなんですけど!

 普通なら、醤油を差し出した響ちゃんにお礼を言うよね。響ちゃんの飲み物を飲んだ時だって、お礼を言っていなかったわよ。それどころか当たり前のように飲んでいたわ。

 これで、なんでつき合っていないのよ。おかしいでしょ!

 こうして舞が悶々としている中、同窓会は幕を閉じたのだった。
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