少女達の青春群像 ~途切れなかった絆~
舞は満足そうに響歌と黒崎を見ていた。
そうでしょう、そうでしょう。絶対にそうだと思っていたのよ。
そもそもなんで私達と合流したのよ。あのままどこかに消えないといけないでしょうが!
響歌が華世の車から降りた後、車内に残った3人の話題は響歌と黒崎のことだった。
「やっぱり…怪しいよね」
「怪し過ぎるよ」
「絶対に何かあるよね」
3人共、そんな意見だった。
響歌はシーマに乗りたかったらしいが、それ以外に絶対に何かあると思っていたのだ。
黒崎君の方も怪しかったしね!
でも、本当に合流しなかったら盛り上げ役が欠けて面白くなくなるので、合流してくれて良かったといった、相反する気持ちもあるのだけど。
みんなが部屋に入っていく中、響歌は部屋に入らずにどこかに行った。手にはスマホがあったので電話でもしに行くのだろう。
みんなに何も言っていなかったし、すぐに戻ってくるでしょ。
次々と席に着いていく。奥の方から華世、こずえ、紗智、橋本が座り、向かいの奥から亜希、歩が座った。
いけないっ、響ちゃんの方に気を取られていたら、既に席を取られて…でも無いのか。
この場合、私が確保するべき席は前の方じゃない。
響ちゃんの傍よ!
とはいっても、響歌はこの場にいない。どうやら残りものになりそうだ。
まぁ、歩ちゃんの隣でもいいか。響ちゃんと近いもんね。
そう思い、歩の隣に腰を下ろす。その隣に黒崎が座るのかと思えば、彼はそこではなくて橋本の隣に座った。とはいっても本当の隣ではない。俗に言う『お誕生日席』だ。
あれ、黒崎君って、そこに座るんだ。って、あぁっ!
そうか、そういうことなのね。
黒崎君は響ちゃんがいないことに気づいている。だから響ちゃんの為にわざわざ空けてくれているんだ。
さすが響ちゃん曰く『気遣い屋』の人だわ。
でも、黒崎君の立場からしたら、そうしたくなるわよ。やっぱり大事な彼女を余りものなんかに座らせたくはないもの。
しかも隣がハッシーって!
そんな危険人物の隣に座らせるなんてもっての外よ。そりゃ、私の隣でも向かいがハッシーになってしまうけど、隣よりは断然マシだわ。
響歌の場所を空けて誕生日席に座った黒崎。
「盛り上がっていこー」
早速、場を盛り上げようとしてくれている。
「黒崎君は盛り上げてくれないと!」
みんな、もちろん彼に期待しているようで、亜希にそんな返しをされていた。
その時、響歌がスマホを手に部屋に入ってきた。
それに気づいた華世が、すかさず言う。
「盛り上げ役はもう1人いるから!」
「響歌ちゃんはもちろんそうだって!」
黒崎までそんなことを言っている。
「2人揃ったら、最強だ」
亜希が無茶苦茶納得したように言っていた。
響ちゃんってば、絶対に今、失礼な!って思っているよ。そんな顔を私達に向けているの。
いや、もしかして席に不満があるのかもしれない。
うん、うん。わかる、わかるよ、響ちゃん。
愛する黒崎君の隣だけど、向かいにハッシーがいるんだもの。響ちゃんの立場からしたら、とてもやりにくいよね。
ハッシーだって、いってみれば響ちゃんの『元彼』みたいなものだもんね!
…しかもその隣がさっちゃんだしさ。
素敵な席を有難う。響ちゃんの顔が皮肉げにそう言っているのが、もう痛いくらいにわかるよ。
でもね、黒崎君の配慮が無ければもっと悲惨な席だったんだよ。元彼と今彼に挟まれて座るなんてこと、響ちゃんだってしたくないでしょう?
私としては、その方が面白…っ!
今、響ちゃんに睨まれた?
やばい、響ちゃんは私の考えを見抜いている!
響歌は何か言いたそうな顔をしながらも、何も言わずに空いていた舞の隣の席に座った。
「あの、響ちゃん、電話でもしていたの?」
恐る恐る響歌に声をかけてみる。
「まぁね」
返ってきた返事はそっけなかった。
それでもこの場にいるのは響歌と舞だけではない。周囲はとても賑やかだ。特に前二つを早々と陣取った亜希と華世が、響歌と舞の間に漂うおどろおどろした空気をかき消してくれる。
「早速、何か頼もう!」
亜希がメニュー方をみんなの前に広げていく。
「私、同窓会であまり食べていなかったから、お腹が空いていたんだよねー」
だからここでがっつり食べるつもりなのだろう。華世は飲み物のメニュー表ではなく、食事が書いてあるメニューを熱心に覗き込んでいた。
まぁねぇ、華世ちゃんはさっき響ちゃんの隣だった宿命で、黒崎君やハッシーの相手をしていたんだもの。そりゃ、ゆっくり食べることなんてできなかったよね。
私は美味しくいただいたから、今は飲み物だけでいいや。
あっ、食べていないというのなら、響ちゃんもじゃないの。あれ、でも、響ちゃんは飲み物の方を見ている。食べないつもりなのだろうか。
響ちゃんなんて、飲み物さえ黒崎君に取られていたから凄くお腹が空いていそうなのに…って、あぁ、そうだよね、響ちゃんはまだ戦場に放り出されたままだもの。ゆっくり食べられるわけがないよ。
みんなでメニューを囲んで選んでいると、橋本のスマホが鳴りだした。
橋本は怪訝そうだ。彼のスマホ画面には『公衆電話』と出ている。少し迷っていたが、何かに気づいたようで電話に出た。
「あぁ、中葉か」
橋本の言葉に、舞の動きが止まった。みんなもさっきの橋本のように怪訝な表情に変わる。
「そうか、着いたのか。あぁ…」
中葉の声は聞こえてこなかったが、橋本の言葉から駅に着いたことを報告していることがわかった。
なんでヌラが、わざわざハッシーに電話してくるのよ。楽しい気分が台無しになるじゃない。
ハッシーも律儀に相手をしなくていいのに!
橋本は返答くらいししかしていなかった。それでも途中で面白がるように響歌の方へスマホを渡そうとした。
ちょっ、何をしやがるの。響ちゃんが明らかに嫌がっているでしょうが!
響歌は嫌そうにスマホを見ると、ハエを追い払うようにしっしと手を振った。
そう、その対応でいいのよ、響ちゃん。害虫は駆除しないとね。
橋本も少しだけからかうつもりだったらしく、響歌にそうされるとすぐに自分で中葉の対応をした。それでも長々とは話していない。時間にして1分くらいのやり取りだった。
電話を終えると、橋本がみんなに今の電話の説明をした。
「中葉が駅に着いたみたいで、その報告の電話だった。公衆電話からだったけど」
「なんで公衆電話から!」
早速、亜希が公衆電話に突っ込んだ。
「あの人って、スマホを持っていないの?それとも充電切れだったとか」
華世も不思議がっていた。
「さぁな。ま、どちらにしても、今はスマホが使えない状態なんだろ。そういえばさっき、あいつから地図をもらったぞ」
橋本がテーブルの上に紙を一枚出した。
「何、この地図?」
こずえが訊くと、橋本が肩をすくめる。
「なんかあいつ、マンションを買ったみたいで、そこの地図らしい」
地図は中葉の手書きによるものだったが、彼にしては凄いシンプルなものだった。この地図だけでマンションまで辿りつけるかどうかも不明だ。肝心なところがまったく記されていなかったのだから。
これだと道に迷って下さいって、言っているようなものじゃない。
それにしたって、なんでヌラがハッシーにわざわざ駅に着いたことを報告してくるのよ。私は公衆電話云々よりもそっちを突っ込みたいわ。
あの人ってば、学生時代もよく家にスマホを忘れてきていたんだから。今回だってそうに決まっているのよ。
もちろん実際には突っ込まないけどね。
隣にいる響ちゃんも、ヌラの話題はどうでもいいみたい。その隣の黒崎君も。2人共、そんな顔をしている。
中葉に邪魔されたが、それぞれ頼むものも決まり、黒崎が注文した。ほとんどが飲みものだけだったが、やはり華世はそれだけではなくて炒飯も頼んでいた。甘党の歩と黒崎は、飲み物を頼まずにサンデー系を頼んでいた。
注文を終えた後は、やはりカラオケ店なのだからカラオケをしないと話にならない。取り敢えず最初に歌う人を決めることになった。そこから時計回りで順番に歌っていくのだ。
普通にじゃんけんをしてもなかなか決まらないので、グッパで決めることになった。そこでなんと最後まで残ったのが紗智&橋本カップル。みんなもちろん盛り上がり『デュエットをしよう!』とか言っていたが、照れくさいのかなんなのかわからないがなかなか決まらず、橋本から歌うことになった。
橋本が歌ったのは、自分と同じ名前の歌手である西郷英明の作品のものだった。昔からある曲で、大抵の人が知っている。こういった場で歌うと盛り上がる曲だ。
そういえば高校1年の時、よく後ろの黒板に『西郷気取り』とか『ハウスアーモンドカレーのおじさん』と中葉が書いていた。橋本とその歌手の西郷英明と名前が同じだったのでからかいの意味で書いていたのだ。たまに今の歌の題名も書いていた。
響歌が舞に耳打ちをする。
「もしかしてこれって、西郷気取りとかを思い出してのことかしらね?」
「あっ、響ちゃんもそう思ったんだ。うん、絶対にそうでしょ」
そうはいっても、この中でそのことを知っているのは私達2人しかいないのに。ハッシーってば、他の人への配慮が足りないわよ。
それでもその他の人達は盛り上がってくれていた。
歌い終わると、黒崎に『お前、歌えるじゃないか』と言われていた。もしかしなくても橋本は、高校の時に黒崎からのカラオケの誘いを『歌えないから』といた理由で断っていたのだろう。
そうして橋本から始まったカラオケは順調に進んでいった。注文した品も届き、飲んで食べて、みんな自由に過ごしている。
そんな中、舞は目のやり場にとても困っていた。
響歌の隣を陣取ったはいいが、そのせいで落ち着けなかったのだ。
ちょっと、響ちゃん、黒崎君。ラブラブ過ぎでしょ。私の迷惑を考えてよ!
2人はくっついたりはしていないのだが、お互いの注文したものを交換したりしているのだ。しかもそのままではない。黒崎が響歌に自分が頼んだブルーベリーサンデーを食べさせてあげたりしている。もちろん響歌が頼んだものはオレのものといった感じで、響歌の飲み物を飲んでいた。
もちろん気遣い屋の2人なので完全に2人の世界に入ったりはしていない。響歌は黒崎に食べさせてもらった後でそのスプーンを取り、舞にもブルーベリーサンデーを食べさせていた。それに華世にも、席が離れているのに炒飯を食べさせてもらっていた。橋本に『太るぞ』と言われながら。
あれ、ハッシーも呆然と響ちゃんと黒崎君のことを見ている。やっぱり私と同じで2人に当てられているのね。そうなのね。
その時、響歌と黒崎は2人でタブレットを見ていた。お互いに歌って欲しい歌をリクエストしたり、選んだりしていた。
ただそれだけだったのだが、橋本はそんなことを思わなかったようだ。
「お前ら、本当につき合え!」
見ていられないんだよっ!という言葉が後につきそうなセリフだった。
橋本にそんなことをいきなり言われた響歌と黒崎は、怪訝そうに橋本を見ている。
わかる、わかるわよ、ハッシー。あんたも私と同じことを感じていたのね。
そりゃ、そうよ。この2人に一番近いのって、私とあんただもんね。きっと私達の今の気持ちは一緒よ。
もうね、この2人はラブラブ過ぎなのよ!
なんていうのだろう、雰囲気が甘いのだ。見ている方が恥ずかしくなってくる。くっついてはいないものの、もう少しでくっつきそうなくらいの距離だ。いや、既に肩はくっついているのか。
って、ちょっと、こんな場所で見つめ合っているんじゃあない!
舞は1人で赤くなったり青くなったりしていた。
今は同志のはずの橋本の方を見てみると、彼の方はもう2人のことを見ていなかった。壁によりかかって紗智の鞄についているキーホルダーのピンクパンサーを引っ張って遊んでいる。
「もう、止めてよ~」
「ハハハハハ」
紗智は嫌がっているが、橋本は楽しそうだ。
同志だと思った自分がバカだった!
なんていうこと、ハッシーもさっちゃんといちゃつき始めたわよ。
まぁ…それでもまだ響ちゃん&黒崎君カップルよりはマシだけどね。
紗智と橋本がいちゃつき始めたのにはみんなが気づいたようだった。少し引き気味に2人のことを見ている。
いや、みんなではないわ。響ちゃんと黒崎君ってば、まったく気づいていないじゃない!
これって、私が一番貧乏籤を引いているのでは…
いちゃつくカップルに挟まれた舞は、この席に座ったことを激しく後悔するのだった。
3時間あったカラオケも無事終了、今回はこれで解散となった。
こずえが途中で帰ったので、亜希も華世の車に乗ることになった。紗智と橋本は歩いて紗智の実家まで帰るらしい。2人はもう既にみんなと別れて歩きだしている。そこに黒崎が橋本の隣に車をつけた。窓を開けて橋本と話している。それでもしばらくするとそのまま帰っていった。
2人の姿も見えなくなると、華世が溜息を吐いた。
「まったくもう、目のやり場に困ったわよ」
「いちゃつくのは2人だけの時にして欲しいよね」
亜希も2人に文句を言っていた。
その2人とは、紗智と橋本のことだ。
そんな中、舞は彼女達に同意することなく響歌に迫った。
「あ、あんた達ってば、ねぇ!」
舞はあの2人よりも響歌に文句が言いたいのだ。
「な、何よ?」
響歌は引き気味だ。
「黒崎君と終始イチャイチャ、イチャイチャしちゃってさ。さっちゃんやハッシーよりも凄かったんだから。少しは間に挟まれている私の身にもなって…」
「えっ、響ちゃん達って、そんなに凄かったの?」
歩が目を輝かせた。
「きっとハッシーも、響ちゃん達に触発されて途中からああなったんだよ。それでもさっちゃんの方は嫌がっていたから、あそこはまだマシなんだけどさ。この2人ってば、もう!」
舞が頭をかきむしっている。相当な目に遭ったようだ。
「あんたにそんなことを言われる程、イチャついてなんかいないわよ。ひっついてもいなかったでしょ。ただ話していただけじゃない」
響歌は否定したが、舞にはどうしてもそういう風には見えなかった。
「黒崎君は相変わらず響ちゃんの飲み物を勝手に飲んでいたし、響ちゃんは響ちゃんで黒崎君のブルーベリーサンデーを黒崎君に食べさせてもらっていたし…」
「あ、あれは私も、さすがに『えっ?』って思ったけど、断れる雰囲気じゃなかったんだから仕方がないでしょ。それにあんたにだって食べさせてあげたじゃない。私が、だけど」
「私がいつ、食べたいだなんて言ったのよ。響ちゃんが黒崎君のサンデーを勝手に食べさせたんじゃない」
「だったら私だって、あの時は欲しいなんて言っていないんだから!」
「2人でスマホを覗き込んで密談しているし…」
「あれは黒崎君のスマホのアプリでメッセージがくるたびにきのこが成長するっていうのがあったから、それを見せてもらっていただけよ。ってか、ムッチーだって一緒に見ていたでしょうが」
「まぁ、そんな時だってあったけどさ。私が見たら、何故かきのこが一瞬枯れてしまったけど。それに何故か私まで黒崎君に写真を撮られてしまったけどね。あれはさぁ、響ちゃんだけの画像が欲しかったんだと思うよ。それなのに響ちゃんが強引に私を入れたばかりに…」
「別に私だけの画像なんて欲しくないでしょ。あれはただ流れ的に画像を撮ってもらうことになっただけで…」
「ってか、そんなことはどうでもいいのよ。曲を決めようとする度にタブレットを2人で覗いて、そこでもコソコソしていたし!」
「ただ曲を決めていただけでしょ!」
「しょっ中、見つめ合ったりしちゃってさ。私らがいることを忘れていたんじゃないでしょうね!」
「だーかーらー、それもムッチーの…」
「はいはい、わかったから。もう夜中なんだから、言い合いはそこまでにしましょう。さすがに私らも帰らないとまずい時間だしね」
響歌と舞の言い合いを、華世が呆れながらも止めた。
「それにしても奥でそんなことをしていたなんて。全然気づかなかったわよ。というか私がいた場所って、響ちゃん達のことが一番見られなかった席じゃない。こんなことなら、もっと奥に行っておけば良かった!」
何故か亜希が響歌と黒崎の姿を見られなかったことを嘆いていた。
「ふふっ、響ちゃん、良かったね」
歩が意味深な笑みをしている。
みんなに完全に誤解をされた響歌は、疲れ果てガックリとうなだれたのだった。