少女達の青春群像 ~途切れなかった絆~
短い冬休みが終わり、学校生活が再開された。とはいっても、高校の時のような普通科目は無いので、響歌にとっては気楽な授業ばかりだった。
課題や検定試験の多さには反吐が出るけれど。
休み明けだというのに、学校側は容赦なく課題をたっぷり出してきた。こんな大量なもの、学校にいる時だけで終えられるわけがない。
響歌は家に帰るとすぐにパソコンのモニターと向き合った。夜の9時までにある程度は仕上げておきたかったのだ。
課題に取り組んでいると、あっという間に9時になった。課題は終わりを見せてくれないし、夕飯もまだ食べていない。それでも約束だから仕方がない。つまめるものは用意してあるし、しばらくはこれだけで我慢だ。
パソコンのモニターを課題のものから違うものへと切り替える。まだ5分前だというのに他のみんなはスタンバイしていた。
その中で一番とびきりの笑顔を見せていたのは歩だった。この機会を設けたのも彼女だったので良い報告があるのだろう。
「響ちゃーん、元気そうだね!」
いえいえ、一番元気そうなのはあなたですから。
響歌は心の中で歩にそう返しておいた。
「一応元気だよ。相変わらず大量に課題を出されたけどね。だから夕飯もまだなんだ。悪いけど、ちょっとつまみながら参加させてもらうね」
みんなの返事も聞かずに枝豆を食べ始める。それでも傍にあるのは枝豆に合うビールではなくてアイスコーヒーだ。
「相変わらず、響ちゃんは響ちゃんだね」
亜希は呆れたような笑みを浮かべている。
「でも、その組み合わせこそ、響ちゃん!って感じがして、なんだか安心したよ」
逆に舞は嬉しそうだ。
今日の電話のメンバーは、響歌、舞、歩、亜希の4名だ。歩が急遽、話があるとのことでこの場が設けられたのだ。
「で、歩ちゃん。早速だけど、何があったの?もしかして歩ちゃんにとうとう春が訪れたとか!」
春=彼氏ができたのか、ということを舞は言っているのだ。
他の2人もそう思っていた。歩は看護学生になってから結構出会いの場に連れていってもらっているらしく、男性との接触が学生の時に比べて格段に増えていたからだ。
「私のことじゃないよ。出会いは多くなったけど、恋に発展する前にダメになることが多くて。この前も他県の人に『遠距離できる?』と訊かれたけど、返事に迷っていたらそのまま有耶無耶になっちゃった」
やはりみんなの予想通り出会いは多くあるし、アプローチもされているようだ。ただ歩自身の踏ん切りがつかずにそのまま終わっていた。今はまだでも、そのうち春が訪れることは間違いないだろう。
「いいなー、歩ちゃんは。私なんて事務だからか、おじさんばっかりなんだよ。若い子がいても、ちょっと変わっている人ばかりだしさ。出会いなんて全然無いんだからね」
歩の話を聞いて、亜希は愚痴っていた。
亜希のところは工業団地にある会社だというからもう少し探せばいそうなものだが、そのあたりはどうなのだろう?
「まぁまぁ、亜希ちゃんにもそのうち出会いがあるって。愚痴なら、また後でも聞いてあげるから。今は歩ちゃんの報告が先よ。で、何があったのよ。自分のじゃなくても、私達が知っている人のことだよね?」
話が脱線しそうだったので、響歌が少し強引に話を戻した。
「あっ、そうだよね、まずは報告をしなくちゃ。あのね、亜希ちゃんには言っていなかったんだけど、1月4日にトミオムで比良木高校の小同窓会があったの。そこに私達は行ってきたんだ」
「えぇっー、そんな話、聞いていなかったんですけど。なんで、私の家、トミオムのすぐ近くにあるのにー!」
亜希が絶叫している。どうやら知らなかったようだし、行きたかったようだ。
「なんだ、亜希ちゃんは知らなかったんだ。でも、私達も急に歩ちゃんに誘われたんだよ。ヌラがいるかもしれないから行きたくなかったんだけど、どうしてもって頼み込まれたんだよね」
「そうそう、誘われたのって、私とムッチーが歩ちゃんの家に着いてからよ。それに本当の同窓会では無かったんだから。急遽、連絡が取れる人だけ集まったような感じかな」
2人が歩のフォローをした。
「そうなんだ。でも、その時は家にいたのになぁ…残念。今度そういうのがあったら、私のことを思い出してね」
「ごめんね、次に行く時は絶対に亜希ちゃんも誘うから。でね、その同窓会で、なんと島本ちゃんと山田君が恋人同士になったんだって!」
『えぇっー!』
3人は絶叫した。
「確かに島本ちゃんと山田君は同窓会に来ていたけど…へぇ、そうなんだ。凄く意外な組み合わせだね」
舞が呆然としながら呟いている。
「またなんで、どういった経緯でそうなったんだろ。やっぱり山田君の方からアタックしたんだろうけど」
亜希は山田の方から島本に接近したと決めつけていた。
「まぁ、山田君は面食いだからねぇ。でも、そうかぁ、島本ちゃんにいったかぁ。やっぱり面食いだなぁ。由美も可愛かったしなぁ。うん、面食いだわ」
響歌は『面食い』という言葉を繰り返している。
「山田君に島本ちゃんは勿体なさ過ぎるよ!」
歩は頬を膨らませて山田に酷いことを言っていたが、山田をフォローする者はこの場にはいなかった。
島本はクラス一可愛い女の子だった。性格だって良かった。
対する山田の方はというと、顔は並、決して悪い人ではないのだが、生活態度は不真面目だった。
…こんな評価になるのも仕方がないのかもしれない。
「私達はあれからすぐに帰ったけど、やっぱりみんなはあれからどこか遊びに行っていたんだろうなぁ」
あの後、みんなはボーリングに行ったので、響歌のこの予想は当たっていた。
「ヌラもいなかったから、私達も参加すれば良かったかなぁ」
舞は少し残念そうだ。
「同窓会をきっかけに付き合うことって、本当にあるんだね。自分がそういった立場になるとは到底思えないけど、私達も最後まで参加していたら何かあったかも。男子もほとんどが来ていたもんね」
歩は何気なく言ったのだが、その時、響歌が食べようとしていた枝豆を落としてしまった。
「…ん、なんでそこで枝豆を落とすかな、響ちゃん」
亜希がすぐに突っ込んできた。どうやらモニターにバッチリ映っていたらしい。
「怪しい、怪しいですぞ!」
舞も嬉しそうに同意する。
「黒崎君はいなかったのに、なんで私の言葉で枝豆を落としたのかな?」
歩の顔はとろけるようなものに変わっている。
響歌は何も言っていないが、3人は何かに勘づいていた。
それでもこのことは隠すつもりもなかったので、おしぼりで手を拭くと机の中から例の年賀状を出した。
「それって、年賀状だよね。あの、そんな風に置かれると差出人の名前が見えないんですけど!」
身を乗り出している舞の姿がモニターに映っている。
他の2人はそこまでしていないが、興味津々な表情だ。
「同窓会の後、橋本君から年賀状が実家の方にきた」
響歌の言葉に、3人の顔が輝いた。
「えぇっ、でも、なんで。今更どうして。何が書いてあったの?」
舞に続き、歩も前のめりになった。
「どうしてかはわからないけど、謝ってた。それに会いたいとか書いてあった」
「えぇっー、って、口で言うんじゃなくて、それを見せなさい。ほら、裏を向けて、私達にしっかりと見えるように!」
響歌宛のものなのに、当たり前のように見ようとしている。
それでもその言葉を言ったのは、散々自分達の交換日記を響歌に見せてきた舞だ。自分だけ拒むわけにはいかないだろう。
「今回だけだからね」
それだけ言うと、橋本からの年賀状をみんなが見えるところにまでもっていった。
案の定、嬉しいのか何なのか、よくわからない絶叫に部屋が包まれた。
「これって、やっぱりバレンタインの時のことを謝っているんだよね」
歩が確信したように言っている。
「ヤツめ、やっぱりまだ響ちゃんのことが好きだったのか!」
橋本のことをヤツ呼ばわりしているのは舞だ。
「それなら、あんな対応をしなければ良かったのよ」
まったくもってその通りのことを述べる亜希。
「響ちゃん、ハッシーは『マジで!』待っているんだよ。何をグズグズしているの!」
響歌の気持ちも聞かずにけしかけている舞。
「まだ会ってはいないんだよね?」
「響ちゃんはもう帰っているんだもの。そりゃ、そうでしょ」
「それなら同窓会の時に呼び止めれば良かったのに」
「そんな度胸、あの人にあるのかな?」
「やっぱり無いのかなぁ。あっ、でも、考えてみれば同窓会の後で来たみたいだから、同窓会の時に響ちゃんを見て行動に移そうとしたのかもしれないね」
「響ちゃんにはあっさり帰られたんだけどね」
「だから仕方なく年賀状にしたんだってば、亜希ちゃん!」
歩と亜希は2人で会話をしている。
「響ちゃん、連絡、連絡はしたのっ。ねぇっ、聞いているの!」
なんだかこの場が混乱してきた。
「ちょっとみんな、今は夜なんだから、そんなに騒がないで。ここって、結構隣に音が響くんだからね」
響歌が注意をすると、この場が一斉に静まった。
「…で、響ちゃんはどうするの。まだ橋本君には会っていないよね。日程的に無理だったはずだもんね。でも、このまま放っておくの?」
歩が声を抑えて訊ねると、響歌が答えた。
「そこまで声を落とさなくていいよ。一応、寮の方に手紙を出しておいた。でも、そんなにたいしたことは書いていないよ。今住んでいるところの住所と家の方の電話番号。連絡したいのならこちらにどうぞといったようなことだけ書いた」
「なんでまた家の方の電話番号なのさ。スマホでいいじゃない。でも、ハッシーって、確か響ちゃんのスマホ…あぁ、そうか、響ちゃんもヌラからの連絡を完全に絶つ為に連絡先を変えたんだったよね」
「そういうこと。ま、何かしたければあっちからアクション起こしてくるでしょ。連絡先をスマホにしなかったのは連絡を取り辛くする為かな。スマホだと簡単に繋がってしまうもの」
「要は、連絡を取りたければ、少しくらい苦労しろっていうことなんだね。それで正解だよ。あんなわけのわからない対応をされていたんだもん。簡単に連絡なんて取りたくないよね!」
舞はさっきまでは嬉しそうだったのに、憤怒な表情になっている。当時のことを思い出してムカついたのだ。
「じゃあ、響ちゃんは橋本君に会う気が無いんだ。あんまり嬉しそうじゃないもんね」
少し残念そうな歩の言葉に、響歌は肩をすくめた。
「私からしたら、今更という感じだから。怒りはもう無いけど、わざわざ出向いてまで会いたいとは思わないかな。そりゃ、同窓会の時に何か言われていたら対応していただろうけどね。それでもわざわざ実家に年賀状を送ってくれたから、何も返さないのは悪い気がしたのよ。やっぱりなんで怒っていたのかも気にはなるしね」
「じゃあ、もし橋本君から電話がきたら?」
亜希が訊いても、響歌はまったく動じない。
「その時は電話に出るよ。でも、私からは連絡しない。そりゃ、橋本君と電話や手紙でやり取りをしていったら気持ちが変わっていくかもしれないけど、今のところ橋本君のことはもういいかなっていう感じかな」
橋本のことは本当にもう終わったことなのだ。今更どうしようもない。あの時好きだったのが嘘のように自分の心は落ち着いていた。
「ハッシーは本当におバカさんだよ。あんな対応をとっていたせいで、ズルズルズルズルとここまで引きずることになったんだ。高校の時に響ちゃんとしっかり向き合っていたら、絶対にスッキリしていたはずなのに」
響歌には言っていなかったが、舞は橋本が響歌を見ていたことを知っていた。紗智が橋本を好きなんじゃないかとみんなが気づいてから、紗智のことと共に橋本にも注目していたのでこれは間違っていないはずだ。
紗智は橋本を見ていたが、橋本は響歌を見ていた。
その響歌はあの件以来、橋本のことをまったく見ていない。時々、見ていたのは黒崎の方だ。
あぁ、なんていう一方通行づくしなんでしょう!
歯痒い思いでいっぱいだったが、これが青春っていうものなのだろう。卒業を迎えてしまったのだから仕方がない。もうタイムリミットだ。この件は進展が無いまま終わってしまった。
そう思い、過去にしたところで橋本が動いたのだ。
行動に出るのが遅すぎるのよ、ハッシー!
舞は橋本を怒鳴りたくて仕方がなかった。
課題や検定試験の多さには反吐が出るけれど。
休み明けだというのに、学校側は容赦なく課題をたっぷり出してきた。こんな大量なもの、学校にいる時だけで終えられるわけがない。
響歌は家に帰るとすぐにパソコンのモニターと向き合った。夜の9時までにある程度は仕上げておきたかったのだ。
課題に取り組んでいると、あっという間に9時になった。課題は終わりを見せてくれないし、夕飯もまだ食べていない。それでも約束だから仕方がない。つまめるものは用意してあるし、しばらくはこれだけで我慢だ。
パソコンのモニターを課題のものから違うものへと切り替える。まだ5分前だというのに他のみんなはスタンバイしていた。
その中で一番とびきりの笑顔を見せていたのは歩だった。この機会を設けたのも彼女だったので良い報告があるのだろう。
「響ちゃーん、元気そうだね!」
いえいえ、一番元気そうなのはあなたですから。
響歌は心の中で歩にそう返しておいた。
「一応元気だよ。相変わらず大量に課題を出されたけどね。だから夕飯もまだなんだ。悪いけど、ちょっとつまみながら参加させてもらうね」
みんなの返事も聞かずに枝豆を食べ始める。それでも傍にあるのは枝豆に合うビールではなくてアイスコーヒーだ。
「相変わらず、響ちゃんは響ちゃんだね」
亜希は呆れたような笑みを浮かべている。
「でも、その組み合わせこそ、響ちゃん!って感じがして、なんだか安心したよ」
逆に舞は嬉しそうだ。
今日の電話のメンバーは、響歌、舞、歩、亜希の4名だ。歩が急遽、話があるとのことでこの場が設けられたのだ。
「で、歩ちゃん。早速だけど、何があったの?もしかして歩ちゃんにとうとう春が訪れたとか!」
春=彼氏ができたのか、ということを舞は言っているのだ。
他の2人もそう思っていた。歩は看護学生になってから結構出会いの場に連れていってもらっているらしく、男性との接触が学生の時に比べて格段に増えていたからだ。
「私のことじゃないよ。出会いは多くなったけど、恋に発展する前にダメになることが多くて。この前も他県の人に『遠距離できる?』と訊かれたけど、返事に迷っていたらそのまま有耶無耶になっちゃった」
やはりみんなの予想通り出会いは多くあるし、アプローチもされているようだ。ただ歩自身の踏ん切りがつかずにそのまま終わっていた。今はまだでも、そのうち春が訪れることは間違いないだろう。
「いいなー、歩ちゃんは。私なんて事務だからか、おじさんばっかりなんだよ。若い子がいても、ちょっと変わっている人ばかりだしさ。出会いなんて全然無いんだからね」
歩の話を聞いて、亜希は愚痴っていた。
亜希のところは工業団地にある会社だというからもう少し探せばいそうなものだが、そのあたりはどうなのだろう?
「まぁまぁ、亜希ちゃんにもそのうち出会いがあるって。愚痴なら、また後でも聞いてあげるから。今は歩ちゃんの報告が先よ。で、何があったのよ。自分のじゃなくても、私達が知っている人のことだよね?」
話が脱線しそうだったので、響歌が少し強引に話を戻した。
「あっ、そうだよね、まずは報告をしなくちゃ。あのね、亜希ちゃんには言っていなかったんだけど、1月4日にトミオムで比良木高校の小同窓会があったの。そこに私達は行ってきたんだ」
「えぇっー、そんな話、聞いていなかったんですけど。なんで、私の家、トミオムのすぐ近くにあるのにー!」
亜希が絶叫している。どうやら知らなかったようだし、行きたかったようだ。
「なんだ、亜希ちゃんは知らなかったんだ。でも、私達も急に歩ちゃんに誘われたんだよ。ヌラがいるかもしれないから行きたくなかったんだけど、どうしてもって頼み込まれたんだよね」
「そうそう、誘われたのって、私とムッチーが歩ちゃんの家に着いてからよ。それに本当の同窓会では無かったんだから。急遽、連絡が取れる人だけ集まったような感じかな」
2人が歩のフォローをした。
「そうなんだ。でも、その時は家にいたのになぁ…残念。今度そういうのがあったら、私のことを思い出してね」
「ごめんね、次に行く時は絶対に亜希ちゃんも誘うから。でね、その同窓会で、なんと島本ちゃんと山田君が恋人同士になったんだって!」
『えぇっー!』
3人は絶叫した。
「確かに島本ちゃんと山田君は同窓会に来ていたけど…へぇ、そうなんだ。凄く意外な組み合わせだね」
舞が呆然としながら呟いている。
「またなんで、どういった経緯でそうなったんだろ。やっぱり山田君の方からアタックしたんだろうけど」
亜希は山田の方から島本に接近したと決めつけていた。
「まぁ、山田君は面食いだからねぇ。でも、そうかぁ、島本ちゃんにいったかぁ。やっぱり面食いだなぁ。由美も可愛かったしなぁ。うん、面食いだわ」
響歌は『面食い』という言葉を繰り返している。
「山田君に島本ちゃんは勿体なさ過ぎるよ!」
歩は頬を膨らませて山田に酷いことを言っていたが、山田をフォローする者はこの場にはいなかった。
島本はクラス一可愛い女の子だった。性格だって良かった。
対する山田の方はというと、顔は並、決して悪い人ではないのだが、生活態度は不真面目だった。
…こんな評価になるのも仕方がないのかもしれない。
「私達はあれからすぐに帰ったけど、やっぱりみんなはあれからどこか遊びに行っていたんだろうなぁ」
あの後、みんなはボーリングに行ったので、響歌のこの予想は当たっていた。
「ヌラもいなかったから、私達も参加すれば良かったかなぁ」
舞は少し残念そうだ。
「同窓会をきっかけに付き合うことって、本当にあるんだね。自分がそういった立場になるとは到底思えないけど、私達も最後まで参加していたら何かあったかも。男子もほとんどが来ていたもんね」
歩は何気なく言ったのだが、その時、響歌が食べようとしていた枝豆を落としてしまった。
「…ん、なんでそこで枝豆を落とすかな、響ちゃん」
亜希がすぐに突っ込んできた。どうやらモニターにバッチリ映っていたらしい。
「怪しい、怪しいですぞ!」
舞も嬉しそうに同意する。
「黒崎君はいなかったのに、なんで私の言葉で枝豆を落としたのかな?」
歩の顔はとろけるようなものに変わっている。
響歌は何も言っていないが、3人は何かに勘づいていた。
それでもこのことは隠すつもりもなかったので、おしぼりで手を拭くと机の中から例の年賀状を出した。
「それって、年賀状だよね。あの、そんな風に置かれると差出人の名前が見えないんですけど!」
身を乗り出している舞の姿がモニターに映っている。
他の2人はそこまでしていないが、興味津々な表情だ。
「同窓会の後、橋本君から年賀状が実家の方にきた」
響歌の言葉に、3人の顔が輝いた。
「えぇっ、でも、なんで。今更どうして。何が書いてあったの?」
舞に続き、歩も前のめりになった。
「どうしてかはわからないけど、謝ってた。それに会いたいとか書いてあった」
「えぇっー、って、口で言うんじゃなくて、それを見せなさい。ほら、裏を向けて、私達にしっかりと見えるように!」
響歌宛のものなのに、当たり前のように見ようとしている。
それでもその言葉を言ったのは、散々自分達の交換日記を響歌に見せてきた舞だ。自分だけ拒むわけにはいかないだろう。
「今回だけだからね」
それだけ言うと、橋本からの年賀状をみんなが見えるところにまでもっていった。
案の定、嬉しいのか何なのか、よくわからない絶叫に部屋が包まれた。
「これって、やっぱりバレンタインの時のことを謝っているんだよね」
歩が確信したように言っている。
「ヤツめ、やっぱりまだ響ちゃんのことが好きだったのか!」
橋本のことをヤツ呼ばわりしているのは舞だ。
「それなら、あんな対応をしなければ良かったのよ」
まったくもってその通りのことを述べる亜希。
「響ちゃん、ハッシーは『マジで!』待っているんだよ。何をグズグズしているの!」
響歌の気持ちも聞かずにけしかけている舞。
「まだ会ってはいないんだよね?」
「響ちゃんはもう帰っているんだもの。そりゃ、そうでしょ」
「それなら同窓会の時に呼び止めれば良かったのに」
「そんな度胸、あの人にあるのかな?」
「やっぱり無いのかなぁ。あっ、でも、考えてみれば同窓会の後で来たみたいだから、同窓会の時に響ちゃんを見て行動に移そうとしたのかもしれないね」
「響ちゃんにはあっさり帰られたんだけどね」
「だから仕方なく年賀状にしたんだってば、亜希ちゃん!」
歩と亜希は2人で会話をしている。
「響ちゃん、連絡、連絡はしたのっ。ねぇっ、聞いているの!」
なんだかこの場が混乱してきた。
「ちょっとみんな、今は夜なんだから、そんなに騒がないで。ここって、結構隣に音が響くんだからね」
響歌が注意をすると、この場が一斉に静まった。
「…で、響ちゃんはどうするの。まだ橋本君には会っていないよね。日程的に無理だったはずだもんね。でも、このまま放っておくの?」
歩が声を抑えて訊ねると、響歌が答えた。
「そこまで声を落とさなくていいよ。一応、寮の方に手紙を出しておいた。でも、そんなにたいしたことは書いていないよ。今住んでいるところの住所と家の方の電話番号。連絡したいのならこちらにどうぞといったようなことだけ書いた」
「なんでまた家の方の電話番号なのさ。スマホでいいじゃない。でも、ハッシーって、確か響ちゃんのスマホ…あぁ、そうか、響ちゃんもヌラからの連絡を完全に絶つ為に連絡先を変えたんだったよね」
「そういうこと。ま、何かしたければあっちからアクション起こしてくるでしょ。連絡先をスマホにしなかったのは連絡を取り辛くする為かな。スマホだと簡単に繋がってしまうもの」
「要は、連絡を取りたければ、少しくらい苦労しろっていうことなんだね。それで正解だよ。あんなわけのわからない対応をされていたんだもん。簡単に連絡なんて取りたくないよね!」
舞はさっきまでは嬉しそうだったのに、憤怒な表情になっている。当時のことを思い出してムカついたのだ。
「じゃあ、響ちゃんは橋本君に会う気が無いんだ。あんまり嬉しそうじゃないもんね」
少し残念そうな歩の言葉に、響歌は肩をすくめた。
「私からしたら、今更という感じだから。怒りはもう無いけど、わざわざ出向いてまで会いたいとは思わないかな。そりゃ、同窓会の時に何か言われていたら対応していただろうけどね。それでもわざわざ実家に年賀状を送ってくれたから、何も返さないのは悪い気がしたのよ。やっぱりなんで怒っていたのかも気にはなるしね」
「じゃあ、もし橋本君から電話がきたら?」
亜希が訊いても、響歌はまったく動じない。
「その時は電話に出るよ。でも、私からは連絡しない。そりゃ、橋本君と電話や手紙でやり取りをしていったら気持ちが変わっていくかもしれないけど、今のところ橋本君のことはもういいかなっていう感じかな」
橋本のことは本当にもう終わったことなのだ。今更どうしようもない。あの時好きだったのが嘘のように自分の心は落ち着いていた。
「ハッシーは本当におバカさんだよ。あんな対応をとっていたせいで、ズルズルズルズルとここまで引きずることになったんだ。高校の時に響ちゃんとしっかり向き合っていたら、絶対にスッキリしていたはずなのに」
響歌には言っていなかったが、舞は橋本が響歌を見ていたことを知っていた。紗智が橋本を好きなんじゃないかとみんなが気づいてから、紗智のことと共に橋本にも注目していたのでこれは間違っていないはずだ。
紗智は橋本を見ていたが、橋本は響歌を見ていた。
その響歌はあの件以来、橋本のことをまったく見ていない。時々、見ていたのは黒崎の方だ。
あぁ、なんていう一方通行づくしなんでしょう!
歯痒い思いでいっぱいだったが、これが青春っていうものなのだろう。卒業を迎えてしまったのだから仕方がない。もうタイムリミットだ。この件は進展が無いまま終わってしまった。
そう思い、過去にしたところで橋本が動いたのだ。
行動に出るのが遅すぎるのよ、ハッシー!
舞は橋本を怒鳴りたくて仕方がなかった。