君との思い出を探し続けて。

1.君のことが忘れられない




「ねぇ、昨日のテレビ見たー?」

「あはは、それやばいじゃんっ!」




……うるさい。



いつからだろう。朝のざわめきすらもうるさく感じるようになったのは。

"君"といれば、どんなことも楽しかったはずなのに。

心に穴が開いたようだ。もう一生塞がらない穴が。



そんなことを考え、僕_弓原 伊吹(ゆみはら いぶき)_が机にふせて学校生活を送るようになって、一ヶ月が経つ。

人の噂も七十五日、というが僕の耳にはまだ、とある噂が飛び込んでくる。



「……ね、あそこで寝てる弓原くん。隣のクラスの亡くなった子、彼女だってよ」

「えー!そうなの?校長が言ってたけどさぁ、あたしその子とあんまり関わりなくって。初耳!」

「あたしも隣のクラスの友達から聞いたんだけどねーっ?」




地味にこっちをチラチラ見てくるところがめんどくさい。

僕の彼女、蓮水 陽彩(はすみ ひいろ)は一ヶ月前、交通事故で天国に行ってしまった。


大通りでの事故だった。


事故原因は、運転手の居眠り運転。

法で裁かれた結果、判決は、懲役三年くらいだった。



ふざけんなよ。

お前の命と、陽彩の命に比べたら、明らかに陽彩の方が大事に決まっている。




なんで陽彩だけが。



思わず裁判所で暴れ出しそうになったが、母親にたしなめられて我を取り戻した。



まだ16だったのに。

僕は、彼女を心から愛していたのに。



こんな嫌なこと、早く忘れてしまいたが、愛していたからこそ忘れられない。

忘れたら、僕の中から陽彩が消えてしまいそうな気がするんだ。



「てゆーか、お葬式行ったけど、あんまり喋ったことないよね?」

「うん。蓮水さんどっちかっていうと一匹狼っぽいもん。」

「えー彼氏いるのにぃ?」



そしてけたたましく笑う。

僕は机の上で組んでいた手を、そのまま力いっぱい机に突き刺す。



べりべりべり、と音が鳴り、木がはがれた。

かなりの広範囲がめくれ、流石にやばいと思い、爪の先で元に戻す。



パズルのように、ぴったりはまった。

それは、いなくなった陽彩の姿を連想させる。



もう一緒に帰る相手はいない。一緒に食事をする相手もいない。

目に見えるもの全部が、違和感しかない。




陽彩が、戻ってきてくれるのならば、全てがぴったりとはまる気がするのに。




そして、先程の同級生が言ったように、僕と陽彩が付き合ってたことを知る人は意外と少なく。

女子の複数あるグループに、順を追って噂が飛び込むため、僕はほぼ毎日、さっきみたいに"亡くなったんだよ"と聞かされる。



お前らは、分かってないんだ。

そう簡単に亡くなった、なんて言わないでほしい。


陽彩の命は、そこら辺の人よりも重いに決まってる。

なんだよ。そんなこと言うくらいなら、陽彩に命を差し出してくれよ。



僕も最初の方は我慢していたが、そろそろ我慢の限界だ。



睨んでやろうかと顔を上げると、一ヶ月前まで仲良くしていた、沢野玲央(さわのれお)と目があった。

玲央は僕の親友で、よく陽彩と三人で遊びに行った。

陽彩がいなくなった後も、気を使って色々話しかけてくれたけど……。



フッ、と目をそらされる。



まぁそうだよね。あれからまともに話してないし。

むしろ、僕の方から避けていたし。



気づけばあの女子達もどこかへ消えており、やる事がなくなった僕は、もう一度机に顔をふせる。

不思議なことに朝のざわめきが、より一層酷くなる。



耳の奥でうるさいほど響く。




……神様、陽彩が何をしたって言うんですか。

せめて、僕にしてほしかった。



将来は小説家になる!って言って、意気込んでたのに。

あの時、デートの帰りで「また明日!」って言ったのに。




目の前ではねられ、即死。

脳が目の前のことを処理しきれなかった。




頭からじわじわ出てくる赤黒い血が怖かった。




血を見るとやっぱり光景が頭に蘇る。






ピクリとも動かなかった体。

うつぶせだったから、最後に顔を見たのが葬式場なんて、嫌な思い出だ。




いつもピンク色だった頬は白くて、手は冷たくて。

「亡くなっている」と額に判子を押された気がした。



咄嗟にかばえなかった自分が憎い。


神様、何でもします。


お願いだから、彼女を蘇らせてください……。



そんな突拍子もないことを思った時。

なぜか不意に、脳裏に陽彩の笑顔が映ったんだ。



今までは、あの事故現場しか思い浮かべられなかったのに。



とびっきりの、太陽がはじけたような笑顔。

しかも、口を動かしている。





え?と思ったときにはもう……。



耳からは、周りの音がシャットダウンされ、体中から感覚が抜けていく。

気づいたら、目の前が暗くなっていた。

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