【完全版】雇われ姫は、総長様の手によって甘やかされる。
櫻子を残して近くの自販機へと走ってみたものの、そこに求めている水はなかった。
次に目に入ったコンビニでお目当ての水を見つけた俺は急いで櫻子の元へと戻る。
遠くから見てもぐったりとしている櫻子に誰一人として声をかける者はいなかった。
あの時までは────。
あと10メートル程の距離を残した所で、一人の女が櫻子に声をかけた。
その女は今そこで買ってきたであろう水と鞄から出した飴をベンチへと置いたあと、ハンカチで包んだ保冷剤を櫻子へと手渡した。
そして、俺が戻るよりも先に女はその場から去って行った。
「櫻子!」
「あ、怜央。ありがとう」
手渡された保冷剤を首に当てていた櫻子の顔色は、さっきよりもずいぶんとマシに見えた。
「今の知り合いか?」
「違うよ。怜央と同じ制服だったよね。怜央の方こそ知らないの?」
「知らねぇ」
「すごく親切な人だったよ。今度、見かけたらお礼言っておいてね」
「ああ」
その女が隣のクラスの奴だと知ったのは翌日のこと。
だけど、俺は声をかけることをためらった。
自分が周りからどう思われているか知っていたからだ。
暴走族の総長なんて簡単には受け入れてもらえない。
俺が声をかけたらあいつまで仲間だと思われるかもしれない。
声をかけないほうがあいつの、水瀬瑠佳のためなんだ。
1年後、ライトから瑠佳の名前が出るまで俺はお前とは関わらない。そう決めていた。