主役になれないお姫さま
歓迎会も後半になるとお酒が入り、皆だいぶ出来上がっていた。
新人営業女子2人組は一真さんが独身と知ってから、ボディタッチが増えていた。

「三浦ぁ、ビールもう一杯。」

「えっ!吉川くんまだ飲むの?今日はいつもより飲み過ぎじゃない?」

吉川くんが酔っ払っている姿を初めて見る。

どちらかと言うといつもは私の方が先に酔っ払ってしまうので面倒を見てもらっている。
先週の結婚式での3次会も漏れなくそのパターンだった。

「うわっ。」

「ほらぁ、しっかりしてよぉ~っ!」

案の定、酔っているせいか手に力が入っていない吉川君は、ぽろっと口に運ぼうとした食べ物と一緒に箸を落としてしまった。
運悪くスーツのジャケットに落ちた食べ物をどかすと、じんわりと油を吸っていた。吉川くんのジャケットを脱がしてお絞りで汚れを落とす。

「あぁ~ぁ、コレ、シミになっちゃうから少し汚れ落としてくるよ。」

「ん?いいよ、そんなの。」

「良いわけないじゃん。」

彼のジャケットを持ってお手洗いに向かった。

汚れの下にティッシュペーパーを敷き、濡らして固く絞ったお絞りで上から叩いて染みを落とす。

そう言えば、以前、吉川くんは三人兄弟の長男だと言っていた。そのせいなのか、とても面倒見が良く、同期会でも兄貴的存在でいつもみんなを纏めていた。
普段と立ち位置が逆だと気づいてクスッと笑ってしまった。

吉川くんも酔っ払うことがあるんだな…。

暫くお絞りで叩いてるとだいぶ汚れが目立たなくなったので安心する。

「さ、コレで大丈夫かな。」

ジャケットを広げてみると、今は濡れて目立って入るが乾きたらいくらかマシになるだろう。

ジャケットを持ってお手洗いから出ると吉川くんが立っていた。

「…ジャケット、ありがと。」

手を伸ばして来たので、ジャケットを渡す。

汚れていたところ確認してからジャケットを羽織ろうとするが、酔っている吉川くんは狭い通路でバランスを崩してよたついてしまった。

「大丈夫?」

支えようと吉川くんの正面に立ったのだが、私の力では彼の体重を受け止めきれず、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。
彼もそのまま前に倒れるわけに行かず壁に手をついた。

 …まるで壁ドン。

まぁ、この壁のおかげで二人そろって転倒せずに済んだのだが…。職場ではありえない距離の近さに微妙な空気が流れる。

「ほっ…ほら、しっかりして!」

彼の胸元に軽く手を置き、彼との間に壁を作る。

「…あぁ。…ごめん。」

ゆっくり顔を上げて彼の顔を見ると、潤んだような瞳でしっかりと見つめられていた。

 …かなり酔ってる?

「三浦ぁ…、早く佐々木さんのこと忘れて…。」

小さく懇願するかのように呟くと、壁についている手とは反対の手で頭を撫でられた。

『コホンっ。』

咳払いが聞こえると、吉川くんは慌てて私から離れて距離を取り、咳払いのした方を見る。

「申し訳ないが彼女は既に俺のだ。一足遅かったな。」

「横谷部長代理…。」

咳払いをしたのは一真さんだった。

「えっ?どうゆう事?…ですか?」

驚いて吉川くんは私の顔と一真さんの顔を交互に見た。

「解らないか?彼女と僕は付き合っている。悪いな、返しもらうぞ。」

そう言うと、一真さんは私の手首を掴んで自分の方に引き寄せた。

「はっ!?いつの間に…。」

吉川くんは驚きのあまり声を失う。

「営業で大事なのはタイミングとスピードだ。覚えとく様に。」

そのまま手を引かれ、お手洗いの前から移動する。

「吉川くん!今度詳しく報告するから!」

一真さんに掴まれていない方の手を使ってごめんなさいのサインを見せる。

「詩乃、荷物まとめて店の外でまってて。直ぐ行くから。」

「えっ?でも、私が幹事だから支払いとかしないと…。」

「松山にやらせるから大丈夫。」

「ふっ、副社長に??」

「大丈夫だから…。俺のこと信じられない?」

そう言って首元にキスをする。

「わっ、わかりました。」

一真さんに言われた通りに、席に戻り身支度をして店を出る。
座っていた席の周りの人たちには急用が入ったと誤魔化した。

店の入り口で立っていると、直ぐに一真さんが出て来た。

「主役が出て来たらダメなんじゃ…。」

「気にするな。」

通りにはタイミングよくタクシーが停まった。
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