主役になれないお姫さま
エレベーターホールに出ると、すべてのエレベーターが営業部とは離れたフロアにいた。
総務は経理部と同じフロアにあるので階段で向かう事にした。

すると、下から誰かが登ってくるのが見えた。

 …最悪。

階段を上がってきたのは佐々木先輩だった。

 あと数分ずらせば鉢合わせる事はなかったのに…。

胃の辺りのザワザワと痛みなのか吐き気かなかぐちゃぐちゃになる。

フロアとフロアの中間部分にある踊り場で先輩とすれ違う。

「お疲れ様です。」

「…まえよ。」

すれ違う時に声が聞こえたので振り返える。

「なんて言ったの?」

「…早く、この会社を辞めちまえよ。」

どうして彼は突然こんな事を言うのだろう。
彼の行動に悩まされながらこんなにも頑張っているのに…。幾ら元カノと嫁が同じ会社にいて気まずいからといって一方的に私を辞めさせようとするのは理不尽だ。こんなに薄情な人と付き合っていた事が悲しくて仕方がない。
そもそも、佐々木先輩がこんな社内という狭いエリアで手を出すのが悪いのだ。

「佐々木先輩は私に会社を辞めて欲しくてわざと冷たい物言いをしていたんですか?」

誰もいない事を確認してから小声で答える。

「そうだ。」

薄々とわかってはいた事だが、直接本人の口から聞くのは精神的に堪える。

数ヶ月前まで思い合っていた相手なのに、サラッと手のひらを返すような仕打ちがよく出来たものだ。

「何で私が辞めなくちゃいけないんですか。浮気してたのは先輩ですよね…。」

図星をついてしまい黙り込んでしまった。

「また、あなたなの?」

沙織ちゃんが訝しげな顔でこちらを見上げながら階段を上がってくる。

奏太(そうた)、この申請書に判子忘れてるわ。」

私と先輩の間に割り込む様に体を入れて書類を佐々木先輩に見せる。
会社にも関わらず、わざとらしく名字ではなく下の名前で呼ぶところに彼女から私への警告的なメッセージを感じる。

「…あぁ。本当だ。すまん。」

佐々木先輩は押印か所を確認して、スーツの胸ポケットに入れてあったボールペンのヘッド部分についているスタンプ式の判子を押した。

判子をが押された事を確認すると、私の方を振り返り謂れのない難癖をつける。

「前にも言ったけど、奏太は貴方ではなく私を選んでくれたの。2人きりでこんな風にコソコソと会われると不愉快だわ。」

「2人でコソコソなんて会ってないわ。今だって偶然あっただけよ。」

前に先輩が彼女は妊娠によってナーバスになっていると言っていた。こうやって、私たちが偶然顔を合わせることすら苛立ちの原因なのかもしれない。

「嘘つかないで!!貴方たちがこっそり私に内緒で会ってるの知ってるんだから!昨日の夜だってそうでしょっ!?」

 …昨日の夜?

「沙織、昨夜もそうだが彼女とは別れてから一度もプライベートて会ってはいない。何度も言うが信じてくれ。」

先輩の表情がうんざりだと告げている。

「そうやって三浦さんを庇うのね!」

沙織ちゃんの声が階段に響く。

「本当よ。昨日の相手は私じゃないわ。」

「じゃあ、あなた以外誰だって言うよ!!」

と言うと、彼女は怒りを抑えられず私の両腕を掴み振り回してきた。

「落ち着けよ。沙織…。」

先輩が間に入ってくれようとしたが聞く耳を持ってくれない。沙織ちゃんは私の髪を掴んで離さない。

「痛い!沙織ちゃん離して!」

「何なのよ!2人して!!私、絶対に離婚なんてしないんだからっ!!!!」

 離婚!?先輩とそんな話になってるの??

「離婚ってなんのこと!?」

「惚けないでよっ!!!」

「彼女と俺たちの離婚は関係ない。」

佐々木先輩は少し力を強めて私から彼女を引き離したのだが、その勢いでバランスを崩し階段から落下する。

 危ないっ!お腹に赤ちゃんがいるのに!!

咄嗟に体が動き彼女の腕を掴むが、母体は予想より重たくて一緒に落下してしまった。
それでも赤ちゃんを守りたくて、沙織ちゃんを庇うような体勢をとると、着地時にはもろに彼女の下敷きになってしまった。

背中から落下し、沙織ちゃんがお腹に乗るように落ちできたので、数秒間息ができず口を魚のようにパクパクさせてしまった。

「詩乃!沙織!大丈夫かっ!!!」

階段に佐々木先輩の声が響き渡る。

私戻りが遅くて心配になった野田さんが佐々木先輩の叫び声を耳にし慌てて階段まで来きた。

「三浦さん!大丈夫っ!?しっかりして!」

階段下に横たわる私と沙織ちゃんを付けると直ぐに救急車を呼んでくれた。

野田さんの声が聞こえて安心したのか意識が遠のいていくのがわかった。
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