主役になれないお姫さま
気がつくとベッドの上に寝かされていた。
クリーム色のカーテンにベッドの外周をぐるっと囲まれ、そのエリア内しか天井が見えない。
ベッドの横には点滴のスタンドにぶら下がった液体パックからチューブが伸びて腕へと繋がっていた。
…病院のベッドの上?
ぼーっとする頭を働かせて、何が起きたのかを思い出していた。
そうだ。
沙織ちゃんと会社の階段から落ちたんだった。
薄っすら目を開け、天井を見つめたまま思い出していると誰かが立ち上がる音が聞こえた。
「詩乃っ!良かった!目が覚めた…。」
「…一真さん?」
体を起こして座ろうとするが体のあちこちが痛い。階段から落ちた時に色々なところにぶつけたのだろう。特に沙織ちゃんを受け止めた下腹部の痛みが強くて重っくるしい。
「痛っ…。」
「無理するな!そのままでいい。」
すごく心配してくれたのだろうか。目が真っ赤になっている。
「階段から落ちたことは覚えてるか?」
「えぇ…。あっ!沙織ちゃんは!?赤ちゃんは無事!?」
「お前が庇ったおかげで母子ともに問題ないそうだ…。だけどお前が…。」
いつも冷静で言葉に詰まる事がない彼なのにどうしたのだろう…。
一真さんはスーツのポケットからスマホの出し時計を確認すると、
「もう直ぐ、詩乃のご両親がここにくるって。」
と教えてくれた。
「連絡してくれたのね。ありがとう。でも、別に平気なのに…。どうせただの打ち身でしょ?こんなの直ぐに治るわ。」
驚いた顔で私を見た。
「詩乃は…。気付いてなかったのか…。」
「気付いてないって何のこと?」
「山田さんの赤ちゃんは無事だが…。」
彼はまるで深呼吸をするように大きく息を吸うと、私の手を取り、そして振り絞るように声を出した。
「…代わりに、俺たちの赤ちゃんが天国に逝ったよ…。」
一真さんは瞳いっぱいに涙を浮かべ、必死に堪えていた。
「…俺たちの赤ちゃん?」
「やっぱり…、知らなかったのか…。」
スマホを出した反対のポケットからハンカチを出して涙を拭いた。
「詩乃のお腹には、俺たちの赤ちゃんがいたんだよ。」
…そう言えば、ここ数ヶ月、生理がない。
体調も良くない事が多かったし、ストレスで胃の辺りもおかしかった。だから、てっきりストレスのせいで生理が無いのだと決め付けていた。
「…うそ。…あ!」
貧血も、身体のだるさも、胃の不快感も全て妊娠によるものだったのかもしれないと今更気づいた。
「…残念ながら事実だ。」
「ごめんなさい…。私ったら全く妊娠なんて頭になかったから疑いもせず…。」
鼻の奥がツーンとし、目頭が熱く涙がこぼれ落ちる。
「それよりも俺にとっては詩乃の方が大事だ。今、身体で辛いところは無いか?」
「…ああ、だからこんなにもお腹が痛いのね…。」
「検査の結果、階段から落ちた怪我は打撲だけで頭部含め問題ないが、お腹の方は出血が多く、暫く入院になるそうだ…。」
「そう…。突然仕事を休んでみんなに迷惑をかけちゃうね。」
「お前の体の方が大事だ。みんなわかってくれる。」
妊娠に気付きもしなかった母親に、赤ちゃんを失って泣く権利はあるのだろか…。
もし、私が早期に妊娠に気付いていたら階段を使わなかったかもしれない。
そして、もし、階段を使わなかったら、佐々木先輩と会うこともなく、赤ちゃんは無事に産まれてきだかもしれない…。
もし、赤ちゃんが無事に産まれていたとしたら…。
頭の中で何度も『もし』と言う言葉が繰り返されたが、どんなに『もし』を繰り返したところで、天国へ行ってしまった赤ちゃんと一真さんの3人で過ごす未来は、もう2度と来ることはないのだ…。
クリーム色のカーテンにベッドの外周をぐるっと囲まれ、そのエリア内しか天井が見えない。
ベッドの横には点滴のスタンドにぶら下がった液体パックからチューブが伸びて腕へと繋がっていた。
…病院のベッドの上?
ぼーっとする頭を働かせて、何が起きたのかを思い出していた。
そうだ。
沙織ちゃんと会社の階段から落ちたんだった。
薄っすら目を開け、天井を見つめたまま思い出していると誰かが立ち上がる音が聞こえた。
「詩乃っ!良かった!目が覚めた…。」
「…一真さん?」
体を起こして座ろうとするが体のあちこちが痛い。階段から落ちた時に色々なところにぶつけたのだろう。特に沙織ちゃんを受け止めた下腹部の痛みが強くて重っくるしい。
「痛っ…。」
「無理するな!そのままでいい。」
すごく心配してくれたのだろうか。目が真っ赤になっている。
「階段から落ちたことは覚えてるか?」
「えぇ…。あっ!沙織ちゃんは!?赤ちゃんは無事!?」
「お前が庇ったおかげで母子ともに問題ないそうだ…。だけどお前が…。」
いつも冷静で言葉に詰まる事がない彼なのにどうしたのだろう…。
一真さんはスーツのポケットからスマホの出し時計を確認すると、
「もう直ぐ、詩乃のご両親がここにくるって。」
と教えてくれた。
「連絡してくれたのね。ありがとう。でも、別に平気なのに…。どうせただの打ち身でしょ?こんなの直ぐに治るわ。」
驚いた顔で私を見た。
「詩乃は…。気付いてなかったのか…。」
「気付いてないって何のこと?」
「山田さんの赤ちゃんは無事だが…。」
彼はまるで深呼吸をするように大きく息を吸うと、私の手を取り、そして振り絞るように声を出した。
「…代わりに、俺たちの赤ちゃんが天国に逝ったよ…。」
一真さんは瞳いっぱいに涙を浮かべ、必死に堪えていた。
「…俺たちの赤ちゃん?」
「やっぱり…、知らなかったのか…。」
スマホを出した反対のポケットからハンカチを出して涙を拭いた。
「詩乃のお腹には、俺たちの赤ちゃんがいたんだよ。」
…そう言えば、ここ数ヶ月、生理がない。
体調も良くない事が多かったし、ストレスで胃の辺りもおかしかった。だから、てっきりストレスのせいで生理が無いのだと決め付けていた。
「…うそ。…あ!」
貧血も、身体のだるさも、胃の不快感も全て妊娠によるものだったのかもしれないと今更気づいた。
「…残念ながら事実だ。」
「ごめんなさい…。私ったら全く妊娠なんて頭になかったから疑いもせず…。」
鼻の奥がツーンとし、目頭が熱く涙がこぼれ落ちる。
「それよりも俺にとっては詩乃の方が大事だ。今、身体で辛いところは無いか?」
「…ああ、だからこんなにもお腹が痛いのね…。」
「検査の結果、階段から落ちた怪我は打撲だけで頭部含め問題ないが、お腹の方は出血が多く、暫く入院になるそうだ…。」
「そう…。突然仕事を休んでみんなに迷惑をかけちゃうね。」
「お前の体の方が大事だ。みんなわかってくれる。」
妊娠に気付きもしなかった母親に、赤ちゃんを失って泣く権利はあるのだろか…。
もし、私が早期に妊娠に気付いていたら階段を使わなかったかもしれない。
そして、もし、階段を使わなかったら、佐々木先輩と会うこともなく、赤ちゃんは無事に産まれてきだかもしれない…。
もし、赤ちゃんが無事に産まれていたとしたら…。
頭の中で何度も『もし』と言う言葉が繰り返されたが、どんなに『もし』を繰り返したところで、天国へ行ってしまった赤ちゃんと一真さんの3人で過ごす未来は、もう2度と来ることはないのだ…。