主役になれないお姫さま
病室に入ると点滴に繋がれた詩乃がベッドで眠っていた。

「…詩乃。」

「バイタルはナースステーションでモニタリングしておりますが、何かあればこのボタンを押してください。」

「分かりました。」

簡単に説明をすると看護師は病室から出ていった。

ベッドの横に置いてあるパイプイスに座り詩乃の顔を眺めた。

 詩乃は自分の妊娠に気づいていたのだろうか…。

 知っていたとするなら、子どもがいなくなったと知った彼女になんて声を掛ければ良いのだろう…。俺がもっとしっかりしていれば小さな命を守れたかもしれない…。

松山が悪いわけではないのだが、あの2人の件を任せっぱなしにしていた自分に怒りが湧く。彼女は俺より一回りも年下なのに、篠宮社長の娘の時といい、ちっとも守れていない。
プロポーズをしようと浮かれていたのが情けなくなる。

「…ごめんな。」

詩乃の寝顔を見ながら呟くが、この声は届いていないだろう。

「不甲斐ないな…。」

ため息と共に漏れた言葉が音になり自分の耳に刺さる。

医師から見せてもらったエコーの映像には頭と体らしきものから小さく手足が生えていた。
繋ぐことの出来なかった小さな手。

男の子だったら虫取りをして遊びたかった…。

女の子ならお姫様のように大切に扱っただろう…。

迎えることの無い未来の子どもの姿を思い浮かべると目頭が熱くなった。

 …涙が出るなんて何年ぶりだろう。

暫くすると点滴に繋がれた詩乃の腕が動いたような気がした。顔を見ると薄っすらと目を開けている。

「詩乃っ!良かった!目が覚めた…。」

立ち上がった瞬間、静かな病室にパイプイスの音が響く。

「…一真さん?」

俺に気づいたようだ。意識が戻ったことに安堵する。

「痛っ…。」

詩乃は身体を起こそうと動いたが、痛みを感じ顔をしかめる。

「無理するな!そのままでいい。」

俺も冷静になろうとイスに座り直した。

「階段から落ちたことは覚えてるか?」

「えぇ…。あっ!沙織ちゃんは!?赤ちゃんは無事!?」

「お前が庇ったおかげで母子ともに問題ないそうだ…。だけどお前が…。」

 目覚めてすぐに心配するのが自分のことよりあの女の事かよ…。俺がどれだけ心配したのか分からせてやりたい。そして、あの女を庇ったせいで俺たちの子は…。

腹の底から湧いてくる怒りを落ち着かせているとジャケットのポケットに入れてあるスマホが振動したのに気づいた。彼女の兄からのメッセージでご両親と共にこちらへ向かっているとのことだった。

「もう直ぐ、詩乃のご両親がここにくるって。」

と簡単に伝えた。

「連絡してくれたのね。ありがとう。でも、別に平気なのに…。どうせただの打ち身でしょ?こんなの直ぐに治るわ。」

普通、身重の女性であれば自分に何か有ればお腹の子どもを真っ先に心配するが、詩乃の言葉にはそれが無い。今の言葉で確信した。やはり彼女は自分の妊娠を知らないのだ。

「詩乃は…。気付いてなかったのか…。」

「気付いてないって何のこと?」

 …やっぱり。

「山田さんの赤ちゃんは無事だが…。」

 …ああ、実際に言葉にするのは辛い。悲しみ、失望、怒り、様々な感情が入り乱れ言葉に詰まる。

「…代わりに、俺たちの赤ちゃんが天国に逝ったよ…。」

彼女の前では涙を見せたくなかった。
なのに…。

「…俺たちの赤ちゃん?」

「やっぱり…、知らなかったのか…。」

ハンカチで目頭を押さえ、一呼吸空けてから伝える。

「詩乃のお腹には、俺たちの赤ちゃんがいたんだよ。」

詩乃がその言葉を聞き固まったように動かなくなる。

「…うそ。…あ!」

信じられない、まさか!と顔に出すが思いあたる事はあるようだった。

「…残念ながら事実だ。」

「ごめんなさい…。私ったら全く妊娠なんて頭になかったから疑いもせず…。」

詩乃の瞳から涙がこぼれ落ちる。

絶対に詩乃の方が辛いはずだ…。なのにうまく言葉が出ない。営業のエースが聞いて呆れる。
こんな時に気の利いた言葉をかけられず、ただ泣いている詩乃を抱きしめることしか出来ない自分に反吐が出そうだった。

暫くすると詩乃の家族が病室に入ってくると、母親の顔を見て安心した様子を見せた。
彼女の母親に詩乃を任せて、父親と兄に現状分かっていることを説明し、自分の不甲斐なさを詫びた。
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