主役になれないお姫さま
午後の業務を開始して30分くらい経った頃であろうか…。1課のアシスタントをしている木村さんが慌てた様子で私のところへやってきた。

「三浦さん、お忙しいところ申し訳ないのだけれど、実は来客が入ってしまったのだけれど担当者が外出先からまだ戻れていなくて…。私が暫く場を繋ぐのでお茶出しをお願いしも良いかしら?今、運悪く1課のメンバーは誰もいなくて…。」

「えぇ、大丈夫ですよ。」

パソコンのキーボードから手を離し、立ち上がると一真さんがチラリとこちらを見て声をかけてきた。

「担当者はどのくらいで戻るんだ?時間がかかるなら私もサポートしよう。」

「横谷部長代理、ありがとうございます。担当者は事故渋滞に巻き込まれてしまったようで、早くても30分は遅れる見込みのようです。本日は先方の担当者が変わられてから初めて来日されたと言う事で挨拶含めた打ち合わせになります。」

「わかった。私は10分後にならそちらに入れる。それまでは木村さんに任せるよ。三浦さんは僕の分も含めた数で頼むよ。」

「はい。」

木村さんはササっと身なりを整えると資料を準備し始めた。
私は先方の人数を木村さんに確認してからコーヒーを持って応接室に入った。

「失礼します。」

伺っていた通り来客は1名だった。海外の取引先への対応を行う1課のお客様で、来日したと言うワードから勝手に外国人だと思っていたが見た目は日本人と変わらなかった。

「ありがとうございます。」

コーヒーを出した後のお礼の言葉を聞くと、発音から普通に日本人なのかもしれないと思った。

応接室を出ようとした時だった。

「もしかして、三浦詩乃さん?」

「えっ?」

顔を上げて相手の顔をよく見と中学時代に片思いをしていた相手だった。

「もしかして、秋吉(あきよし)くん?」

彼とは自宅が近く、小学生の頃から近くの公園でよく遊んでいた。
明るく元気が彼はいつもクラスの人気者で私も彼のことが好きだった。初恋だったと思う。
しかし、中2の夏休みが終わると、彼は突然なんの前触れもなく私の前からいなくなってしまったのだ。
後日、クラスのみんなに担任の先生から彼のお父さんの仕事の都合でシンガポールへ引っ越しをすることになった。と説明があった。小学生からの付き合いだったのだから、せめて別れの挨拶くらいしたかった。
彼も私のことを少なからず大事な友人だと思ってくれていると信じていたので、担任からもう彼に会えない事実を知らされた時はとてもショックだったのを今でも覚えている。

「…やばい、めちゃくちゃ運命を感じる。」

「…運命?」

「ああ、久しぶりに日本に戻ってきたんだけど、飛行機の中でずっと詩乃ちゃんのことを思い出していたんだ。まさか、こんな形で再開できるなんて運命みたいだろ?俺の願掛けの効果かもしれない…。」

「願掛け?」

何やら嬉しそうにする秋吉くんに尋ねる。

「あぁ。父親の転勤を知らされて引っ越しが決まった時、真っ先に詩乃ちゃんの顔が浮かんだんだ。でも、みんなに別れの挨拶をしたら一生の別れになってしまうような気がして…。このまま何も言わずに離れたなら、またどこかで再開できる気がしたんだ。」

「そうだったんだ…。」

秋吉くんが何も言わずにいなくなった理由を今更知り複雑な気持ちになる。

皆んなと一生の別れになるのがそんなに嫌だったんだ…。

「小中学のころの友達と連絡とってる?みんなにも会いたいな。」

「何人かの連絡先は知っているわ。」

「是非、俺とつなげてくれない?時間がある時にでもここに連絡して。」

彼は自分の名刺を取り出し、プライベートの番号を書き込むと私に渡してくれた。

「あの時、突然秋吉くんがいなくなってみんな悲しんでいたから、連絡したらみんな喜ぶと思う。」

「詩乃ちゃん、頼んだよ!」

「分かったわ。」

話が終わるころ、木村さんが応接室に入ってきたのだが、お茶出しだけの私がまだここにいたことに驚いていた。
用事のない私は木村さんと入れ違いに部屋を出た。

応接室を出ると、先ほど秋吉くんから受け取った名刺をジャケットのポケットに入れ、誰から連絡しようかと思い浮かべていた。

「何で詩乃が名刺をもらってるの?お客様に口説かれでもした?」

その様子を一真さんはしっかり見ていたようで、少し低めの声で話しかけてきた。
そう言えば、一真さんが担当者が戻るまでの間、木村さんのサポートをすると話していた。

「偶然、お客様が同級生でして…。」

「詳しくは帰ったら教えて。」

おでこにキスをするとそのまま応接室へと入っていった。
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