朝なけに
「そうですか。中君にとって兄は加賀見一夜だけって事ですか?」


加賀見一夜。
亡くなった、中さんのお兄さんの名前。


「そうじゃない。
兄である加賀見一夜を殺したあなたの盃は受け取れない」


え、どういう事?
目の前のこの佐渡さんが、中さんのお兄さんを殺したの?


「中君のお兄さんを殺害したのは、外国系の殺し屋でしょう?」


「あなたが雇った殺し屋なんでしょ?
証拠はないけど、あなたしか居ない。
兄を消したいと思っていたでしょ?」


中さんは目の前の佐渡さんを睨み付けているが、佐渡さんは涼しい笑みで受け流す。


「まあ…。うちの竜道会とあなたのお兄さんが会長だった聖王会は、昔から折り合いが悪い。
二十年以上前の大きな抗争の末手打ちになりましたが、それは表面上だけで今も一触即発」

「組同士のいざこざはどうでもいい。
俺が知りたいのは、あなたが兄を殺したのかどうか」


「なら、一部分を除いてノーです」


「一部分?どういう意味ですか?」


「頼まれたのですよ。俺は頼まれたから殺し屋を手配しただけ。キャッシュで1億です」


「1億?」


「加賀見一夜殺害依頼の値段です」


「誰にだよ!誰に頼まれた!」


中さんは立ち上がり、目の前の佐渡さんの胸ぐらを掴む。
佐渡さんはそんな状況でも表情を崩さず笑っている。


私はなんとも言えない恐怖で体が動かなくて、先程からそんな二人を見ているだけしか出来ない。


「思い当たりませんか?
加賀見一夜氏の周りで、そうやって1億をポンッと出せる人物に」


その言葉に、中さんの手から力が抜けて行く。


「…嘘だろ」


中さんはそれが誰か思い当たったのだろう。
それは、中さんにとってそうであってはならない人物だったのか。
中さんの蒼白とした表情で思う。


中さんはふらふらと覚束ない足取りで、部屋から出て行った。
私はどうしようかと、中さんと佐渡さんを交互に見る。


「…ケーキと紅茶ご馳走さまです」


「律儀ですね」


私は佐渡さんにお礼を告げ、中さんを追う。


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