Rain, rain later
 数日たって、移動教室で廊下を歩いているとき、私は無意識のうちに潤くんを探している自分に気づいてひとりで勝手に気恥ずかしくなった。
 そして淡すぎる期待に自分でキョドりながらくるくる視線を泳がせる。
 なら普通にクラスを覗きにいけばいいじゃないかとはわかっているけれど、恥じらいと不安と勇気のなさで行動がともなわないのが私のようなオクテ女子だ。
 でも、今日はちょっとついてるみたい。
 前から歩いてくる潤くんをしっかり視界にとらえた。
 期待していたはずなのに俯き気味になる私。
 すれ違う瞬間、ちらっと目を動かすと、彼がこっちを見ていた。
 というか、目が合う。
 しかも彼は、あろうことか軽く会釈してくれた。
 びっくりしたのと、クイッとした首の動きがかわいくて、とっさに反応できず見とれたくなったけど、なんとか平静を装って会釈を返した。
 体がほこほこして、くすぐったい。
 潤くんのやわらかな表情も、やっぱりいい。


 三日後、また雨が降る。
 お天気おねえさんの予言どおり、昼からやわらかな小雨がずっと降り続いている。
 今は放課後で、部活終了も間近の6時過ぎ。夕焼けの、青いような赤いようなふしぎな色を拝める、お気に入りの時間。この春気づいたばかりだ。
 私が所属するオーケストラ部で、私が所属するパート・ファゴットは東校舎の端、空き教室前の廊下で練習することになっている。
 譜面台を窓際に移動させ、窓に向いて楽器を構えると、4階のそこからは夕空が一望できた。
 空よりもっと下のほうに目線を落とすと、そこには校舎入口の正門があるのだけど……さっきからチラチラ気になるものがあった。
 ……花壇に人が座っている。
 雨だし、花壇のブロックは幅が狭いし、うちは進学校だしで、そんなところに腰をすえる人を私はひとりしか知らない。
 潤くん。
 心の中で呼んでみる。
 彼は相変わらず、あの小宇宙を回し続けているようだった。
 あれは何なんだろう。くせなのかな。
 ここからでは表情もわからないけど、きっと今も醒めた目に無表情でいるのだろう。
 なのに、ぴくりとも動かない体の上で、ひどく落ち着きなく、宇宙傘だけがくるくる表情を変える。白猫が優雅に行っては戻り、遊歩する。
 あれは。
 待っている人がなかなか現れないイライラでも、
 水滴を飛ばして遊んでいるわけでも、
 といって無意味な行動でもない。
 と思う。
 確証はない。推考する理由も、意義も、ない。
 横で同じように楽器を傾けるパートメイトが何気なさそうに言った。
「あそこに座ってる人、部活始まったくらいからずっといるんだよ」
「……」
 傍目に見れば、友達か彼女を待つ青春真っ盛りの青少年。
 ただ、誰かを待つでもなく何時間も雨の中居すわりつづけるって、
 普通できなくて、
 それってなんだか、
 異常じゃない?
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