Rain, rain later
 まもなく部活も終わり、さっきより少し暗く色づいた空の下に出る。
 謎の解放感。軽くのびをしながら正門に向かって歩く。
 片付けやら何やらこなしていたので、練習後30分くらいは経つだろう。
 ____どうかな。どうだろう。
 もうさすがに、いやいや、でも。
 期待とよくわからない焦燥と、ほんのすこしの好奇心を押し沈めて門をくぐる。
 一緒に下りてきた部活仲間に手をふる。
「え、帰んないの」
「寄るとこあるから」
 寄るとこ、ね。
 彼女らがちょっと離れるのを待ち、居ずまいを正した。
「ねえ、何してるの?」
 彼が顔を覚えていてくれたことも後押ししてか、それともでしゃばった好奇心か。
 たいして躊躇うこともなく、私は潤くんに溜め込んでいた疑問をなげた。
 素直に思った、私らしくない大胆な行動だ。
 だけど、気づいてしまったものは気になるのが性。だって彼はすこし“おかしい”。
 うつむき気味の潤くんは生気のない人形のような動きで、ことんと首を持ちあげた。
 ちょっと怖かった。この目。無い表情。
「やほ」
 しかし醒めた目が私を映すことはなかった。その前にフラッシュのごとき速さで彼の目に吸い込まれた。
 私を認識すると途端に朗らかに笑う。空気がふっと緩む。
 一瞬前までの彼はいなくなる。跡形もなく消えてしまう。
 とても不思議で、とても普通じゃない。
 実態はなく、でも手をさ迷わせて探れば掴めそうなモノ。感覚。
「何もしてない。雨がきれいだったから、癒されてただけだよ」
 そう言ってにっこり浮かぶ笑顔が、虚空でずっとおなじ人形じみた彼のまま……というわけでもなさそう。そこには目に見える感情が、ちゃんとあった。
 今度はなめらかな動きで傘を持ちなおし、雨を見つめた潤くんのまつげに水滴が乗る。まさに、濡れたようなツヤ。
 濃く、濃くなっていく空を見上げてみる。
 小さな雨粒が細やかな直線を描いて、私を中心に落ちてきているように錯覚をおこした。
 こんな角度で雨を見たことはあったっけ。
 無数の針が、私を避けながらさらさら……
 ひとすじ目頭を刺して、私はンっと声をあげる。
 まただー、と潤くんが笑う。
 私もちょっと笑った。
「帰んないの?」
 潤くんは立ち上がって、大きく伸びる。傘が高く掲げられて、裏地の星柄が現れる。「いや……行きますか」
 おたがい手を振って、潤くんは背中を向けて。
 私はそれを眺める。
 ところで、こんなところに座ったら、お尻は濡れない?
「……あ。」
 花壇には、白いタオルが置いてきぼりにされていた。
 そっとつまみ上げると、ブロックの水分はタオルに吸われて、そこだけ色が変わっている。
 潤くんの痕が、残っている。
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