後宮鳳凰伝 愛が行きつくその先に
「殿下、徐静妃さまの紅蓋頭をお取りください」

敬事房太監が催促(さいそく)し、秀快の手が美凰の紅蓋頭へと伸ばされる。
たったこれだけの動作に、胸が高鳴る。

本来ならば、この後は交杯酒(こうはいしゅ)という夫婦固めの(さかずき)を行う。交杯酒とは、二つの杯を赤い糸で結び、新郎新婦がその杯の酒を半分飲み、また杯を交換して交互に飲む儀式である。しかし、この儀式は正妻である王妃とでしかできない決まりなので省く。

「燕王殿下、徐静妃さま。お二人の幸せが末永く続きますように」

敬事房太監が型通りの祝辞を言い、去っていく。

「美凰、暑くないか?」

「今それを聞くのね?」

秀快が帯を緩めながら、冗談交じりに言ってきたので、おどけた風に言い返す。

「美凰が緊張しまくってるからだろ。まったく酷い言い草だなあ」

「新婚初夜なのだから緊張するのは当然でしょ。雰囲気が台無しだわ」

ふいとそっぽを向くと、秀快が慌てて謝ってきた。

「すまなかったよ、美凰。機嫌を直してくれ。ほら、美凰のために取り寄せた茶葉だよ」

小さい箱に入れられたものを見せると、美凰がたちまち笑顔になる。

「これは……扁平(へんぺい)で真っ直ぐ尖っていて明るい黄緑色。西湖龍井(せいこりゅうせい)ですね?」

西湖龍井は緑茶のなかでも最上級と言われており、杭州(こうしゅう)にある西湖の西南で栽培されている。前王朝の宋代では、歴代の皇帝への献上茶とされてきたという。

「その通り、西湖明前龍井だよ。さすが、茶葉に詳しいだけあるね」

「明前!?まあ、なんと高級な!」

茶の味は茶葉の収穫時期によって変わり、明前、明後、雨前という順に良いとされている。また、明前よりも前の春前の時期に収穫したものは甘みがあって非常に美味しいのだが、気候が寒くなると摘めない年もあり、最上級の代物である。
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