後宮鳳凰伝 愛が行きつくその先に
「王妃さま、ご準備が整いましたわ」

侍女の声に顔を上げた靇月は、鏡に映る己の姿を見た。

高く結い上げられた(たぶさ)、それに()された金歩揺(きんほよう)に、牡丹の金簪(きんしん)紅玉(こうぎょく)でかたどられた牡丹の花びらは、真珠で作られた花芯とともに、靇月の美しい黒髪を引き立たせる。

すべてが王妃たる靇月に相応しい完璧な装いだ。

「綺麗ね……」

思わず声が出てしまった。

「ええ。いつもお綺麗でございますが、今日は一段と美しさが引き立っていますわ。王妃さまご自身からのご要望だなんて珍しいですわね」

侍女が驚くのも無理はないだろう。

靇月自身も、なぜ今日の自分はこんなにも着飾っているのかと戸惑っているのだ。

「そろそろ皇太子殿下に会いに行くわよ」

侍女の手を借りて輿に乗り込み、約束の場所まで向かう。

長らく輿に揺られながら目的地に着いた靇月は、木陰に(たたず)むある人の姿を見て懐かしさが込み上げてきた。

「皇太子殿下に拝謁いたします」

「久しぶりだね、燕王妃。何の用かな?」

穏やかな微笑を浮かべる皇太子に、靇月は胸がどきりとした。

「もう……あの頃のように靇月とは呼んでくれないのですね……?」

「君は弟の嫁だからね。弟のためにも礼儀をわきまえるべきだ」

「わ、私は!燕王殿下に嫁ぎたかったわけじゃないわ……!」

「それを言うためだけに来たのなら無駄なことだね。私は忙しいから帰るよ」

さっと身をひるがえして去っていこうとした皇太子。

「待って!!お願いしに来たのよ!!」

「何だい?」

立ち止まって振り返った皇太子は無表情で何を考えているのか読めない。

(そんなに私といるのが嫌なの……?)

< 64 / 69 >

この作品をシェア

pagetop