後宮鳳凰伝 愛が行きつくその先に
(なぜ、大兄がここにいるんだ?)

秀快はいつものように政務を終えた後、すっかりと日が落ち、夜の静けさに包まれた池へと向かった。

普段、誰もいない場所なのだが今日は先客がいた。

「大兄に拝謁致します」

そう言って挨拶すると、皇太子はゆるりと振り返った。

その瞬快、秀快は背筋が凍りづいた。

皇太子の目には激しい憎悪が映っており、自分に対して向けられたものではないと分かっていても呼吸ができない。

そこで、はっと気づいた。

今日は三月二十四日。

大兄がかつて心から愛し合っていた(みん)茗玉(めいぎょく)、今はもう滅亡してしまった()国の公主の命日だ。

「秀快か。茗玉のことを覚えているか?」

「ええ、もちろんです」

彼女には秀快も何度か会ったことがある。気立てが良く、明るく、なによりも西域出身の母から譲り受けた金髪に青い瞳はまさに天女のような美しさだった。とても心優しい彼女は秀快に対しても実の弟のように可愛がってくれた。秀快も彼女を茗玉(ねえ)さんと呼ぶほど慕っていた。

「茗玉が亡くなってからもう九年も経った。月日が流れるのは早いことだよ」

大兄と茗玉姐さんは市井で出会ったという。ふたりとも一目惚れで深く愛し合っていたが、敵国同士のふたりの恋が実るはずもなく、それぞれ別の縁談が持ち上がっていた。

その当時、明は夏に対して高圧的な態度で、かつて友好関係を結んでいた両国は絶交状態であった。

両国の関係が不仲な中、ふたりは駆け落ちすることを決めた。しかし、その数日後に茗玉姐さんは急死した。原因は不明だったが、大兄は塞ぎ込み抜け殻のようになってしまった。

それでも、馬皇后や秀快の慰めによって、皇太子としての責務を全うするようになるまで回復した。

だが、大事な人を失った大兄の心の傷はいつまでも深く残ったままだった。

「もうそんなに経ったのですね。茗玉姐さんと遊んだ時のことを昨日のことのように覚えています」

「ああ、私もだ。茗玉の声、笑顔、白くて細い手、力強い瞳、しなやかな舞、すべて覚えている。いや、違うな。茗玉は私の心の中で今もなお生き続けている。ずっと茗玉と共にいるんだ。だから、茗玉の姿がありありと浮かぶんだ」

「大兄に想われて茗玉姐さんも喜んでいますよ」
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