春風、漫ろに舞う
そうして、そわそわしつつ作業を進めていると。
カタン…とドアの開く音がした。



「おかえりなさい…!
…え?」


「芽来ちゃん、起きてたの?
ごめんね、藤雅じゃなくて。」



藤雅だと思って、出迎えたら。
そこにいたのは、申し訳なさそうにしている十葵だった。


あれ、藤雅じゃないの?
まだ帰ってこないの?



「あれ、藤雅は…?」



「ごめんね、今日は帰れそうなくて。
着替えだけ俺が取りにきたんだ。」


「あ…そう、なんだ。」



なんで?
そんなの初めてじゃん。
帰ってこないなんて、今までなかった。


もしかして、浮気?
仕事っていうのは嘘で、本当は別の女に会ってるの?
そういえば、連絡だって返ってきてない。



「わたし、寝るから。
着替えとったら、電気消しておいて。」



十葵にそう言い放って、わたしは初めて。
寝室のベッドじゃなくて、こっちのベッドに潜り込んだ。


十葵に八つ当たりしたのは分かっていた。
だけど、どうしようもなくイライラしてて。
乱雑にドアも閉めたし、十葵のおやすみって言葉にも返事できなかった。


こんなことで、イラつく自分が嫌だし。
なによりも感じたことのない、不安な気持ちが広がって。



「…死にたいなあ。」



数年ぶりに呟いた。





< 261 / 341 >

この作品をシェア

pagetop