モフぴよ精霊と領地でのんびり暮らすので、嫌われ公爵令嬢は冷徹王太子と婚約破棄したい
前世の記憶

 自らの命が尽きかけているのを悟っているせいか、脳裏ではこれまでの人生が走馬灯のように過ぎていく。

 物心つく前に親に捨てられ、孤児院で育ち大人になった。優しい院長とシスターのおかげでひねくれもせず、全うに成長したと思う。仲間に恵まれた楽しい日々だった。

 それでも心残りはたくさんある。

 色鮮やかな綺(き)麗(れい)なドレスを着てみたかった。馬車に乗って遠くに行き、海というものを見てみたかった。
 一番残念なのは、王都で人気のカフェのケーキが食べられなかったこと。孤児院の子どもたちにも食べさせてあげたくて、せっせと貯金していたのに残念だ。

 ロゼ・マイネはそんな自分の思考に苦笑いをした。

 人生の最期に叶わなかったと悔やむには、なんてささやかな願いなのだろう。

(本当に……真面目につつましく生きていたはずが、最後にこんな目に遭うなんて)

 理不尽な暴力になすすべもなくさらされた体はもうぼろぼろだ。咳き込むとごぼりと喉に熱いものが込み上げて、口の中に血の味が広がる。

 息苦しさに涙があふれて耳まで伝っていくのを感じるのに、拭うために手を上げることすら叶わない。

 体から力が抜けていくのを感じ、このまま消えていくのかと目を閉じた。そのとき。

「ロゼ? いやだよ、目を開けて!」

 小さな子どもが泣きすがる声が聞こえてきた。

「ご、めんね……」

 瞼は開かない。なんとか出した声は、聞き取れないほど掠れていた。

「お願い神様! ロゼを連れていかないで。大事な人なの……ずっと一緒にいようって、これからはたくさん願い事を叶えようって約束したの!」

 ああそういえば、この子と一緒に小さな夢を語ったのだと思い出す。ケーキも一緒に食べる約束をした。

(……守れなくてごめんね)

 泣き叫ぶ声がどんどん小さくなっていく。最後に眩いばかりの金の光に包まれるのを感じ、ロゼはようやく苦痛から解放された――。
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