モフぴよ精霊と領地でのんびり暮らすので、嫌われ公爵令嬢は冷徹王太子と婚約破棄したい
別人でも

 ひとりきりになった馬車の中で、ユリアンはうなだれ頭をかかえた。

「領地に移るだと?」

 つい先ほど知った衝撃的な事実。口にするとずしんと気分が落ち込んだ。

 まさかベアトリスがそんな考えを持っていたとは。

 聖女をユリアンの妃にと主張している貴族はたしかにいる。主にクロイツァー公爵家と勢力争いをしている貴族で、もとからベアトリスを王太子妃にすることに反対していた者たちだ。

 以前のベアトリスは問題が多く、彼らが付け入る隙を与えてしまったことから、日に日に勢力を拡大していた。

 ユリアンはもちろん、ベアトリスに対する彼らの態度について把握していたが、見て見ぬふりを続けていた。ベアトリスとの婚約解消を希望していたし、むしろ反対派は歓迎する存在だったからだ。

 けれど。

「迂闊だったな」

 ユリアンは大きなため息をついた。

 側近たちに伝えたように、ほかの貴族にもベアトリスを妃にするつもりでいると伝えておくべきだった。

 せめて聖女を未来の王妃にするつもりはいっさいないとはっきり否定すればよかった。

(ベアトリスが真に受けてしまうとは)

 その上、婚約解消後の身の振り方まで考え、しかも公爵家内で肯定されているという、ユリアンにとっては最悪の状況。

 ベアトリスに真実ではない聖女の件を伝えたツェザールに対して、思うところはある。

 ただ彼を責める気にはならなかった。一番の問題は驕っていたユリアン自身にあるのだから。

 ベアトリスが自分から離れていくなど想像もしていなかった。

 彼女は物事に対して驚くくらい貪欲でわがままで移り気だったけれど、ユリアンに対する執着だけは一貫していた。

 ユリアンがどんな態度を取っても、周囲がどれだけ反対しても、婚約を解消したいとは言い出さなかった。自尊心が誰より高い彼女は、未来の王妃の座を誰よりも欲していたからだ。

 だから疑ってもいなかったのだ。彼女は自分から離れていかないと。
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