魔法のいらないシンデレラ
「あ、一生さん!ちょっといいかしら」

もう一度挨拶をしてから、バックヤードに戻ろうとした一生を、佐知が呼び止めた。

はい、と足を止めて向き合った一生に、佐知はどう話を切り出そうかと少し思案しているようだ。

一生は、ちらりと早瀬を見る。

すると心得た様子で、早瀬はそっと離れていった。

「どうなさいましたか?こちらに何か失礼がありましたでしょうか?」
「いえ、そうではないの。今日は本当に気持ち良く、もてなして頂いてます」
「それでは、何か別のお話でしょうか?」
「ええ、その…。一生さん、和樹とは最近会ったりしていないかしら?」
「和樹くんと、ですか?」

一生は、少し間を置いて考える。

和樹とは、中学から大学まで同じ同級生で、つきあいも長く、気心の知れた仲だった。

卒業してからもお互い仕事の繋がりがあり、飲みに行く機会も多かったが、最近ではプライベートで会うことはほとんどなかった。

先週も、ロビーでのやりとりがあったくらいで、会話らしい会話はしていない。

「そうですね…和樹くんが当ホテルでのパーティーや会議に出席される際に、ロビーで見かけることはあります。ですが、挨拶程度であまり多くはやりとりしていません。彼も忙しそうにお見受けしますし」

そうなのね、と佐知は小さな声で短く答えるだけだった。
< 17 / 232 >

この作品をシェア

pagetop