魔法のいらないシンデレラ
ゲストが誰もいなくなったバンケットホールでは、さっきまでの優雅な雰囲気から一転、時の流れが一気に速くなったかのように、スタッフが忙しく動き回っていた。

食器を片づけ、クロスを取り、椅子やテーブルを運び始める。

一生も、邪魔にならない程度に目についたところだけ手伝う。

と、ふとテーブルの下に何かが残されているのに気づいた。

クロスをめくってみると、ヒールの高い真っ白な靴が一足、きちんと揃えて置いてある。

(なぜここに靴が?)

一瞬そんな疑問が頭をよぎったが、理由はどうあれ、これはお客様のものに違いない。

(この席って確か…)

辺りを見渡しながら考える。

間違いない。あの女性、和樹の婚約者が座っていた席だった。

テーブルに残されている席札を見ると、“早乙女 瑠璃 様”とある。

どうしよう、和樹に連絡するか?

いや、先日ロビーで見かけたあの時の様子からすると、やめた方が良さそうだ。

では、佐知に知らせるか?

腕組みしながら、うーんと宙を見つめる。

いや、それもしない方がいい。

あの方が靴を置いていったことは、やはり誰にも言ってはならない。

お客様のプライバシーは、ホテルマンとして絶対に守らなければいけないからだ。

そう結論を出し、一生はこの靴を、通常通りの拾得物として登録することにした。
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