魔法のいらないシンデレラ
(さてと、これからどうしたものか…)

一生は、とりあえず女性の耳元で声をかけてみる。

「お客様。お客様?閉店のお時間ですが…」

全く反応はない。

それはそうだろう。

バーテンダーやナイトマネージャーも、これまで散々起こそうと試みたはずだ。

カウンターの上の両腕に頭を載せて、ぐっすり眠っているその横顔を見ていると、頬に残るひと筋の跡に気づいた。

(泣いていたのか…)

いつの間にかそばを離れていた早瀬が、一生のもとに戻ってきた。

「早瀬、空いている部屋を用意してくれ」
「それがあいにく…本日は満室でして」
「なに?予備の部屋もか?」
「はい。なにせ土曜日で、しかもクリスマス・イブですから。ロイヤルスイートを含め、全館満室となっております」

(そうだった。クリスマス・イブ…)

夕方までは覚えていて、念入りにロビーも見回っていたのに、今は失念していた。

と、ふと早瀬に顔を向ける。

「お前、大丈夫なのか?」
「…は?何がでしょう」

思わぬ問いかけに、早瀬はキョトンとしている。

「いや、何でもない」

早瀬の方から、クリスマス・イブだから今日は早く帰りたい、などと言ってくるはずはない。

(自分が気を利かせるべきだった)
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