魔法のいらないシンデレラ
強引に腕を引っ張られ、思わず大きな声を出してしまったその時だった。

誰かが二人の間にすっと入ってきたかと思うと、和樹から瑠璃の腕を引き離し、大きな背中の後ろに瑠璃をかくまった。

(え…誰?)

思わず顔を見上げたが、180㎝はあろうかという長身のため、短く切り揃えた艶やかな黒髪の後ろ姿しか見えない。

「なんだよ!一生(いっせい)。邪魔するな!」

どうやら和樹は知り合いらしい。
だが瑠璃は聞いたことがない名前だった。

「落ち着け和樹。ロビー中の注目を集めている」
「それが何だって言うんだよ!」
「しっ…見ろ。日野リゾートの会長だ」

エントランスに少し目線を動かして和樹にうながす。

瑠璃もそちらに顔を向けると、恰幅の良い白髪混じりの男性が、部下らしき数人を引き連れてロビーに入ってくるのが見えた。

ホテルのドアマンが深々とお辞儀するのに軽く手を挙げて応えてから、左手奥のエレベーターホールへと姿を消した。

「ここで騒いでいるのを見られたら、お前だって困るだろ。ほら、今度は倉田グループの社長と常務だ。続々と他のお客様も到着される。お前も早く会場に行って出迎えた方がいい」

和樹は、くっと顔を歪めてエントランスから顔をそむけると、鋭い視線を瑠璃に向ける。

瑠璃は慌てて、長身男性の背中に隠れた。

「今日のところは許してやる。あとで連絡するからな!」

そう言うと和樹は、足早にエレベーターホールに向かっていった。

瑠璃は、ドキドキと心拍数が上がったままの胸に両手を置いて動けずにいた。
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