悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
両親の寝室のドアを勢いよく開ける。バン! と大きな音が立ったので、中にいた侍女やお父様が驚いた顔で振り向いた。
「リディ! もう少し静かに──」
「お母様! この石を握ってくださる!?」
お父様が泣いているのもお構いなしに、お母様のベッドに駆け寄った。『聖魔法を込めた魔石』をお母様に持たせる。
そして、石を握るお母様の手に私の手を重ねる。
「リディ? 一体何を?」
「……見ていてくださいませ」
優しい温度で。前世のカイロくらいのあたたかさをイメージしながら、ゆっくり魔法を展開する。この世界に治癒魔法はあるが、魔族による瘴気の癒し方は開発されていない。
(この治療法が正しいかどうかは分からないけれど!)
ここでお母様が病めば、お父様は団長を辞して領地へ帰ってしまう。お兄様はチャラ男に育ってしまうのだ。何より大好きなお母様に元気を取り戻してほしい。
なんとしてもお母様を救いたい!
聖魔法はその属性の最大魔法でエフェクトがかかるもので、この優しい温度を展開する火魔法だけでは、聖魔法のエフェクトはかからない。お兄様のような土魔法ならば可能なのかもしれないが、私がそんな練習している暇なんてない。
だが、予め聖魔法を込めた石を通じて、あたたかい火魔法を展開してけば、もしかして──
「……なんと!!」
「っ!!」
お父様とお兄様が隣で息を呑む。
お母様の顔色は火魔法で温めたからか、血色が良くなってきた。
集中して、弱く優しい魔力を、石を通してお母様の全身に張り巡らせていく。
「お母様……っ! がんばって……!!」
火魔法の赤色ではなく、聖魔法の白い光がお母様を包む。そして、ゆっくりと魔法をかけ終えると、お母様は微笑んでいた。
「リディの魔法、あたたかいのね……。ありがとう」
「お母様!? 痛いところは!?」
さっきまでその顔や腕にあった痛々しい瘴気傷も癒えている。すっきりとした表情のお母様が柔らかく笑った。
「不思議ね。どこも痛くないのよ? 死ぬ前に女神様が痛みを消してくれたのかしら」
「……違う。これは……」
顔色も回復し、熱もないようだとお父様が確認すると、物凄い勢いでお母様を抱きしめた。そして大の男が大泣きを始めてしまった。
「ああ、ああ! ソフィア、ソフィアっ!! 君を愛してるんだ! 君が居なくなったら、私はっ!」
「まぁまぁ貴方、泣かないでくださいませ」
「ソフィアっ!! よかった!! ソフィアァァァ!!」
わんわん泣くお父様を見たのは初めてで、私たちはポカンとしてしまったが、「暫くそっとしといてやろう」とお兄様が提案し、私たちはメイド達と一緒にそっと部屋を出たのだった。
「リディ、すごい発明だぞ。これは、世界を変える!」
部屋を出たところで、お兄様が興奮気味に振り向いた。私としては、石など使わなくても聖魔法が展開できるようになったお兄様の方がすごい。
「お兄様が直接優しい聖魔法をかけたら、お母様は治っていたかもしれないわ。お兄様がすごいのよ」
「違う! リディ、これは仮説だが、あの『聖魔法を込めた石』さえあれば、そこに少しの魔力を流すだけで瘴気を消せるのかもしれない。だとすれば、これからはどんな人でも少しの魔力さえあれば、魔物に対抗できるかもしれないんだ!」
お兄様が珍しく熱く語っている。なるほど。お兄様ほどすごい実力者でなくとも聖魔法が使えるのだとしたら。
もしかして……。
「魔王に……勝てる?」
「あぁ。勝てるかもしれない!」