悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

 私が思わず名前を呼んだことに対して、アラン様は怪訝な表情をしたが、気にとめずクリス様に今夜の警備について説明を始める。

「分かった。あと、私とリディの警護はアラン以外で頼む」
「?」

 アラン様は驚いた顔の後、意味がわかったというかのようにニッと笑った。

「ふーん。クリスが嫉妬するなんて意外。分かった」

 そしてアラン様は護衛の騎士を引き連れて立ち去っていった。聖騎士団の一員だということは知っていたが、部下を連れているということは、お父様の地位を脅かすくらいもう出世されているのかしら。騎士服の推し、かっこよかったなぁ。ヒロインに早く見せてあげたいわ。

「アランのことは、二年前の、君が倒れた茶会以来会ってないと思うが」

 ふと気付くと、アラン様の立ち去った方をじっと見ていた私を、ものすごくドス黒い笑顔を浮かべたクリス様が見下ろしている。先程までの可愛さは無く、私が鍛錬していなければ泣いてしまうくらい恐ろしい。これは、間違いなく、怒っていらっしゃる……!?

「あの、えっと、聖騎士団の騎士様に憧れがあるというか……ほら、私、剣術を習っておりますし……」
「へぇ〜」

 うわぁ、怖い。苦しい言い訳は嘘だと見抜かれたようだ。でも本当のことを言っても信じてくださらないでしょう!?
 黒い笑顔が怖くて一歩後退りするたび、クリス様もジリジリと私に迫ってくる。

「アランが気になるの?」
「はっ!?」
「アランみたいな男が好みというわけか」
「なっ」

 予想外の尋問に次の言葉が出てこない。好みも何も前世の推しですけど? しかもヒロインとくっつけたいから、気になるとか好きとかそういうことじゃないけど! でもこれってどう説明すればいいの? そもそも私がクリス様に誤解されたらどうなるんだろう? 困るの? 
 混乱しながら後退りしていると、壁に背をついてしまった。クリス様が私の顔の横に手をつく。

「アランが好きなのか?」
「めっそうもない!」

 じっと私の目を見つめるクリス様は、なんだか余裕がなさそうだ。どうしてそんな顔をするの?

「まぁいい。君はもう僕の婚約者だ。逃しはしない」
「殿下? あの」
「違うよリディ。『クリス』と」

 壁に手をついていない方の手で、顎を持ち上げられる。さすがゲームの登場人物! 何をさせても絵になる! 目を瞑りたいくらいの混乱の中、でも見逃したくなくて目を開ける。私の顔に熱が集まり、うっすらと瞳が潤む。

「クリス……様」
「だめだよ」
「クリス……」

 そう呼ぶとクスっと笑い、私の唇ギリギリの頬にキスを落とした。

「君の心を手に入れる。必ず」

(な、な、な!!?)

 そしてクリス様は何も無かったかのように私を広間までエスコートしたのだった。
 この混乱しまくった頭の中を顔に出さずに済んだのは、お母様の厳しい淑女教育の賜物だった。今日ほどお母様に感謝したことはない。
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