悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
 その時、外から馬車の音がした。お兄様が帰宅したようだ。しばらくしてサロンの扉が開いた。
 どうせまだ友達が出来ていないことを揶揄われるのだと思うと憂鬱で、伏し目がちになる。

「おかえりなさいお兄様」
「ただいま、リディ」
「!?」

 応えた声がお兄様のものではないので顔をあげると、クリス様がサロンの入り口に立っていた。
 仕事の早い公爵家のメイド達が、音もなくさっとお茶を用意する。お兄様は「ちょっと部屋で勉強してから来るから」と言って去ってしまった。キース様はいない。

 ドアは開いているものの、メイド達は気を利かせてどこかへ行き、クリス様と二人きりになる。

 速攻でクリス様のお悩み相談室が出来上がってしまった。私が思い悩んでいることを、全て皆にバレているようで悔しい。

「リディ、友達は出来た?」
「……い、いいえ」

 勇ましく宣言しておいて成果がゼロなのは気まずい。だが、なんだかクリス様は安心したような顔つきで、私の真横に座り直した。そして優しく頭を撫でる。

「私の婚約者という立場が邪魔をしているのかもしれないね。すまない」
「いいえ! それだけではありませんわ……」

 私に普通の令嬢っぽい趣味の一つでもあれば、気の合う仲間が見つけられたかもしれない。でも、流行りのドレスもよく分からないし、剣術や筋トレが好きな令嬢はまだ見つけられていない。

「リディは美しいから、高嶺の花なんだろうね。未来の王妃だし。でも、君が心を許せる誰かに出会えるといいね」
「……はい」
「だけど、私は、私がリディの一番心を許せる相手でいたい。友人がいてもいなくても、私のリディは私のものだよ?」

 まるで私を誰にも託したくないというかのような物言いに驚く。ちょっと引く。でも、上手に友人作りに励むことができなかった今、その重い発言に助けられてもいた。あぁ。でも。

「クリス様が、もし……」
「ん?」

 ヒロインと出会って、惹かれて、彼女も同じ気持ちだったら?
 私のことは捨てるんですよ?
 そういうシナリオなんです。この世界。
 
 だから私、あなたから自立したかった。

 一方でクリス様にこうして甘やかされる環境が心地よいと感じてしまう。自分の矛盾にモヤモヤする。

 こんな時はそう、身体を動かさなければ。

「クリス様、今日お時間はありまして?」
「うん? なんだか勇ましいね? 嫌な予感がするけれど」
「稽古場に行きましょう! 今日こそクリス様に剣で勝ちますわ!」
「あぁ、やっぱりそうなるか」

 苦笑しつつも付き合ってくださることになったクリス様と、お兄様を無理矢理引っ張り出して、その日は三人で日が暮れるまで剣術の稽古をして汗を流しまくった。スッキリスッキリ!
 
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