悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています


 ──数刻前。
 ステラと共に肝試しをしていたはずのクリストファーは、ふと気づくと鬱蒼と木が茂る道に入っていた。

「ステラ嬢。ここは……」
「あれ? あれれ? おかしいですね?」

 ステラはわざとらしく戸惑ったフリをする。暗闇に乗じてルート変更し、森の中までやってきた。ステラの魔力量は多く光属性であるため、何かが起きても王太子一人くらい守れると踏んでいたのだ。ゲーム通りならこの森で魔物が出現し、倒すことでレベルを上げることが出来る。

(確か、中級魔物が数体出てくるんだった気がする!)

「森の中に入ってしまったんじゃないか?」
「大丈夫です! 何かあれば私がお守りします!」
「冗談じゃない。戻るぞ。一秒でも早くリディアの元へ戻りたいのに、遠回りなどしたくない」
「かっこよく魔物を倒したら、リディア様、驚くんじゃないかな……」
「!」
「私も強くなりたくて! ちょっと魔物退治、していきません?」

 にっこりと微笑むステラの提案に、クリストファーは乗ってしまったのだった。

 だが、すぐにそのことを後悔することになった。ワイバーンの群れに出会ってしまったのだ。ワイバーンは上級魔物だ。一体だけならまだしも群れに遭遇し、二人とも動揺した。

(中級どころか上級魔物の群れなんて! ありえない!)

 ステラは群れを前に一度はめげそうになったが、カンスト寸前の自分のレベルなら、なんとかなるかもしれないと思い直した。

「殿下はどこかに隠れていてください!」
「そういうわけにはいかぬ!」

 クリストファーの返事も聞かずステラは走り出す。
 クリストファーも、森ごと消えるかもしれないが、実力的にこの規模の群れなら魔物を殲滅できる。だが、ステラが高速で走りながら物理で攻撃しているため、ワイバーンとの距離が近すぎて、ワイバーンだけを打つのが困難だった。仕方なくステラとは違う方向にいる個体に聖魔法を飛ばして倒していく。

 ステラの実力も高く、自分の拳に聖魔法をまとわせて、一撃を喰らわせると、ワイバーンが跡形もなく浄化された。

「私だけで倒せるのに!」
「うるさい! 早く片付けるぞ」

 こうしてなんとか役割分担をしつつ、ステラとクリストファーはワイバーンの群れを殲滅していった。



 もうすぐ裏庭に差し掛かる頃、この気まずい雰囲気をどうにか打開できないかとどうでもいい話題を捻り出していたところに、アラン様が急に立ち止まった。

「森の方で魔法を展開している」
「え!?」

 ステラの思惑を知っていたが、もう魔物が出たのかと驚いていた。

「魔物が出たのかもしれない。クリスが襲われていたら厄介だ。すまないが護衛として駆け付けなければ。リディア嬢は校内で待っていてくれ」
「いいえ。私も参ります!」
「しかし!」
「私二度も魔物と戦闘した経験がございます。日々鍛錬しておりますし、大丈夫ですわ! さぁ参りましょう!」

 そう言い捨てて私は走り出す。アラン様も仕方なくそれに続いた。森の中に入ると一気に暗さが増す。途中アラン様は私の前に出てくださり、私はアラン様のすぐ後ろを走っていた。

「!」

 アラン様が急に立ち止まった。私は暗いこともあり、すぐに対応出来ずアラン様の背中に軽くぶつかってしまった。

「っ! すみません……!」
「静かに」
「?」

 アラン様は魔物に気付き足を止めたようだ。私も周囲をうかがうと、複数の気配を感じた。だが、姿が見えない。謎の気配に焦っていると、「トレントだ」とアラン様が小声で教えてくれた。

 なんと私たちは、クリス様達に出会うより前に、大量のトレントに遭遇してしまった。トレントは巨木の魔物で、森に迷い込んだ人間に幻術を見せ、その隙に襲ってくる厄介な魔物だ。

「まずい。奴らの出す音を聞いてはいけない」
「!?」

 キーン キーン

「くっ!」
「何、これ……」

 それはトレントが幻術を見せる時に出す音だ。私は初めての幻術に戸惑い対処が遅れてしまった。

 目の前に白い靄がかかる。段々と薄れて行ったその先に、クリス様が現れた。そしていつの間にか王宮の庭園で向かい合っているのだ。
 冷たい目をしたクリス様が私を見ている。気づくとクリス様の横にはキース様やアラン様、お兄様までいて、クリス様にはピッタリとステラが抱きついていた。

(クリス様と、ステラ?)

『君との婚約は破棄させてもらう。私はステラと共に生きていく』
『クリス様……』

 私の目の前で、二人が親密に抱き合っている。やがて微笑み見つめ合う二人は、互いの唇を──。


「いやぁぁぁ!」
「リディア嬢!? 危ない!」

 錯乱する私を庇い、アラン様の太腿にトレントの攻撃が命中した。辺りに血がぼたぼたと落ちていく。

「まずい。血の匂いで他の魔物まできたら厄介だ。リディア嬢! しっかりしろ! 幻術だ!」
「クリスさま……」
「違う! よく見ろ! そいつは魔物だ!」

 アラン様が私の背中を強く叩いた。ハッとする。「深呼吸はするな。浅く呼吸してよく目を凝らせ」と告げられ、その通りにすると、段々とここが森の中だと思い出してきた。しかしまた白い靄が目の前にかかる。ダメだ、頭がまだぼんやりとしていく──。

ザクッ

「なっ、何を!?」
「す……みま、せ……」

 自分の腕を浅く切りつけ、痛みで無理矢理幻術から抜け出した。なんとかその場に立ち目を凝らすと、目の前に変な木が沢山あった。そうだ、これは、魔物……!

「何を考えてんだ! 自分の腕を切り付けるとか、騎士でもなかなかやらないぞ!? 絶対後で俺がクリスに叱られる! 〜っ、剣を握れ! 聖魔法で倒すぞ!」

 痛みと、アラン様の大きな声で私はやっと正気に戻った。剣をゆっくりと構えなおし、私達は背を合わせ、同時に聖魔法を展開する。そしてあっという間にトレントの群れを切り裂き倒した。

「申し訳ありません。幻術にかかるなんて初めてで……不甲斐ないですわ」
「いや。それより大丈夫か? 幻術に当てられた後は心が不安定になりやすい……」
「大変! アラン様! お怪我されています! 私聖石を持っていますわ! すぐに治療いたしましょう」
「いや、これくらい平気だ。それよりも君の腕を……!」
「すぐに終わります!」

 手早く聖石を取り出すと、アラン様の手にそれを乗せ、上から自身の手を重ねた。そして柔らかな魔法を展開し、アラン様の傷を癒やしていく。

 心臓がバクバクと音を立てる。やはり、何度戦っても魔物との戦いは緊張する。今回見せられた幻覚を思い出してしまい、背筋がゾッとした。この怪我がもし胸だったら? 私が不甲斐ないせいでアラン様は──。

「礼を言う」
「……アラン様……落ち着くまではここで休んでいてください。わたくしっ、クリス様の元へ行ってまいります!」

 アラン様が立ち上がる前に走り出す。誰も巻き込んではいけない。悪役令嬢である私の運命は、もしかしたら不運なものばかりなのかもしれないから。

「待て! 一人で走るな!」
 
 アラン様の叫び声が聞こえたが、こちらも野山を駆け巡るお転婆令嬢だ。無我夢中で走る。そしてクリス様の魔法の痕跡を辿っていく。あと少しでクリス様に辿り着く、そんな予感がした時だった。
 
ザッ
 
 背中を斬られたと分かったのは、やられたあとだ。ワイバーンが飛行していく。痛みを感じるよりも先に私は倒れた。
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