悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
「おい! 大丈夫か!?」

 追いかけてきたアランがワイバーンを倒し、リディアに声をかけた。だが、背中を裂かれた彼女は目を閉じたまま反応がない。アランは空高く魔法を放つ。花火のように上がったのは救難信号だ。近くに魔物の気配はなく、恐らく近くにいるクリストファーを呼び出す為に放った。

 すると、花火を見て森の奥からクリストファーとステラがやってきた。

「リディ!?」

 倒れているリディアを見た瞬間、クリストファーは悲鳴のように彼女の名を呼んで駆け寄った。いつも冷静沈着なクリストファーの取り乱した姿に、アランは驚く。

「落ち着いてください! 大丈夫! 私が光魔法で治療します!」

 ステラが懸命にクリストファーに声をかけるが、彼の顔は真っ青になりリディアを抱き上げたまま動かない。
 アランはステラにこのまま光魔法を使うよう依頼し、リディアの経過を説明する。

「ワイバーンに背中を斬られたようだ。その前にトレントの幻術にもかかっていた。幻術を断ち切るために自分で自分の腕を傷つけていた。精神的な損傷もあるかもしれない」
「! わかりました。大丈夫です。任せてください!」
「……っ」

 ステラが治癒魔法を施し傷は癒えたが、幻術の影響でリディアは眠ったままだった。クリストファーは押し黙ったまま、彼女をじっと抱いていた。



 アランとステラは医務室にやってきた。夜である為もちろん教師はいない。ステラが室内の明かりを点け、椅子に腰掛けるようアランを促す。そしてアランの目の前に自分も座った。

「アラン様のお怪我は、リディア様が聖石で治療されたのですよね?」
「あぁ」
「でも、まだ辛そうです。私の光魔法も試してもいいですか?」
「……あぁ」

 アランはどこか上の空でステラに生返事をした。
 騎士として、リディアを守れなかったアランは、自分のことを責めているようだった。辛そうな顔をしているのはそのせいだろう。
 ステラはそれが分かっていたが、アランに光魔法を展開し、他に傷がないか、魔障の影響はないか確認していく。

 ──あの後、ステラの光魔法で、リディアの怪我は治癒した。クリストファーは青白い顔のまま、目を覚まさないリディアを抱き締めていた。
 キース達と合流し、それぞれ解散となったのだが、アランが珍しく気落ちしていて放っておけず、ステラは医務室へと連れ込んだのだった。

「……え?」

 アランは光魔法に包まれながら、自身の身体の変化に気付いた。それはここ数ヶ月ずっと続いてきた痛みが治癒した瞬間だった。
 それは、リディアが治癒した右足とは離れた、左肩から背中にかけての傷だ。聖騎士団の任務で、王都外の魔物狩りをした際に作った古傷だった。聖石で治さずとも良いと放置していたのだが、たまにジクジクと痛んでいたのだ。だが、そんな痛みも、おそらく傷跡も綺麗に消えたのだと一瞬で悟った。

「古い傷ですが、まだ痛みがあるようなので、治療しました。聖騎士としてご活躍されている証拠ですね」

 ステラは微笑む。アランは、気恥ずかしそうに「……礼を言う」と返す。その顔はほんのりと赤みを増した。

(アラン様が怪我をしてヒロインが治すイベント、こなせてなかったけど、これで代わりになるかしら!?)

 ステラの頭の中はちょっと打算的だったが、この時確かにゲームのヒロインと攻略対象者が一歩近づいた。



 目を覚まさないリディアを、クリストファーは王宮に連れ帰ることにした。リディアには王太子妃教育の為の部屋が与えられており、そこで療養させると決めた。

「ではディーン、しばらくリディアは王宮に寝泊まりさせる」
「わ、わかった。まぁクリスがついててくれた方が、リディも安心だろうしな。父上には言っておく」
「あぁ。頼む。私からも明朝公爵に説明しておくよ」
「クリス様もゆっくりお休みになってくださいね?」
「あぁ」

 全く休む気のなさそうな主人にキースはため息をついた。呆れ顔のディーンと目を合わせ、別々の馬車で帰路に着く。
 クリストファーはリディアを抱き上げたまま誰にも託すことなく馬車に乗り、王宮に到着するや否や、彼女を部屋に自らの手で運び込んだ。そして着替えもせずにそのまま看病すると言い張ったのだった。

「リディ」
 
 ベッド脇の椅子に座るクリストファーは、リディアの手を取る。手の甲にキスを落とし、両手で壊れものを触るかのように包んだ。手の温かさに少しだけ安堵しつつも、リディアが目を覚ますまでじっと彼女を見つめていた。

「リディ、愛している」

 その切実な愛の言葉は、深く眠る彼女にはまだ届かなかった。
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