悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
*
翌日、私はステラと二人、中庭でランチをしていた。クリス様達生徒会メンバーが多忙なので、最近はステラと昼食をとっている。二人きりで話すことは、主にゲームのストーリーについてだ。ゲーム内の知識を共有して、聖剣を手にいれ、魔王を斃す道筋について話し合ってきた。
だが、肝心のステラが誰のルートに進むのか、今日まできちんと確認してこなかった。
ステラと裏庭で笑い合うクリス様を思い出す。
もし、ステラがクリス様を選んだら。
私は嫉妬せずにいられるだろうか。嫌がらせをせず、笑って暮らせるだろうか。
好きな人と、唯一の友人の恋。そんなことになったら、私は何を選び、どうするのだろう。答えが出せずに今日まで過ごしてきた。しかし、もう文化祭も目前だ。
クラスの出し物である仮装喫茶の看板も完成し、衣装もほぼ出来上がった。メニューは王都の人気パティスリーと提携して取り寄せたケーキと、今年の出来が素晴らしいイターナ産の茶葉で淹れる紅茶。あとはステラお手製のクッキーだ。
「リディア様! 私のクッキーどうです? 美味しいでしょ?」
ランチの後、ステラが焼いてきたクッキーを二人で試食した。前世の記憶を二人で思い出し、お菓子作りは得意だという彼女に任せて、ボックスクッキーを焼いてもらったのだ。私が真剣に試食していると、彼女も神妙な表情で見守っている。
「美味しいわ」
「よかったぁ」
くるくる変わる表情が可愛い。キラキラ輝く笑顔はまさしくヒロインだ。
可愛いだけじゃなく、きちんと努力してレベル上げに励んでいるし、ゲームに関係のない生徒にも変わらず陽気に接している。
悪役顔の私にも怖がらずものを言う彼女は、話していて気持ちがいい。だから、ステラのことは、好きだ。
もしも、クリス様のことを、ステラも好きなのだとしたら。私は身を引くしかないだろう。大好きな人と大切な友人の恋を応援するのだ。意を決して、ステラに尋ねる。
「……あ、あの! そ、そういえば……文化祭の日は……どなたを誘う予定なのかしら」
ステラはにっこりと笑い、「クリストファー殿下かなぁ」と答えた。
「!」
先日二人が笑い合っていたのを目撃したばかりだ。こうなる日が来ることは予想していた。いよいよその日が来て──。
「う、嘘です! 嘘! ああもう! 泣かないで! ごめんなさい! 殿下に怒られちゃう!」
「え……」
自分でも意識しないうちに、頬に涙が伝っていた。
「もーう! ちょっとからかっただけじゃない!」
「あ、わ、わたくし……」
「あれだけ殿下を攻略してるくせに、そんな不安そうな顔しないでください!」
「え……だって前に裏庭で……」
「ええ! 見てたんですか? あれは──」
オロオロしながらもステラは説明してくれた。
*
それは入学して少し経った頃。ストーリーが大幅に変わっていることに気づいたステラは、クリストファーの権力に頼ることにした。
クリストファーを裏庭に呼び出したものの、リディア以外の女性には塩対応。不機嫌そのものだった。
「何の用だ。手短にしろ」
「私、今のところリディア様の唯一のお友達なんです。リディア様の好みとか悩み相談とか授業中の様子とか、色々お伝えできます! しかも強いのでリディア様の護衛にもなれます!」
「……見返りが必要なのか」
「さすがクリストファー殿下! お話が早い!」
ステラがニッコリと笑うと、クリストファーは眉間に皺を寄せた。
「それが目的でリディに近づいたのか?」
「そんなわけないでしょ? あんなに素敵な子、友達にならない方がおかしいわ」
「……そうだな」
ステラの回答にクリストファーの警戒が少し弱まった。
「私のお願いは一つ。アラン様にお会いしたいのです。入学式で助けていただいたお礼がしたいのに、なかなかお会い出来なくて。それで、殿下のランチタイムにお邪魔したりしていました。申し訳ありません」
「お前もアランか……」
ため息を吐きながら、クリストファーが呟いた。
「リディア様の側にいるとアラン様に会えないのはもしかして──」
「分かった協力しよう。アランの勤務表を入手する」
食い気味にクリストファーが答えた。ステラとしては、リディアがアランに会おうが会うまいがどちらでもいい。自分がアランに会うことが重要だ。
「では私はリディア様の可愛らしいエピソードをたくさんレポートにまとめておきますね」
こうして契約が成立し、定期的にアランの勤務表とリディアの行動報告書を交換する仲になったのだった。
*
「という訳でして」
「アラン様にわたくしがなかなか会えないのは……」
「嫉妬でしょうねぇ」
遠い目をしながらステラが答える。ま、待って。色々気になる……!
「というかあなた! レポートって! わ、わたくしのこと、勝手に!?」
「大丈夫です! ちゃんとありのまま書いて提出してます! ちょっと滞るだけですごい怒られるんで、大変ですけど」
まさかそんな取引が行われているだなんて思わなかった。驚いた。
「そういうわけで、私が文化祭でお誘いしたいと思っているのは、アラン様ただお一人です! 協力してくださいね?」
「わかったわ……」
可愛らしくお願いしてくるステラに返事をしながら、私はやはりクリス様のことを想う。私のことをステラに聞いてどうしたかったのかしら。ステラに会う口実を作りたかったのだとしたら? いいえ、そんな回りくどいことをするかしら。
ステラがアラン様を選ぶ──そのことに安堵してしまう自分に少しだけ嫌気がさしたのだった。
翌日、私はステラと二人、中庭でランチをしていた。クリス様達生徒会メンバーが多忙なので、最近はステラと昼食をとっている。二人きりで話すことは、主にゲームのストーリーについてだ。ゲーム内の知識を共有して、聖剣を手にいれ、魔王を斃す道筋について話し合ってきた。
だが、肝心のステラが誰のルートに進むのか、今日まできちんと確認してこなかった。
ステラと裏庭で笑い合うクリス様を思い出す。
もし、ステラがクリス様を選んだら。
私は嫉妬せずにいられるだろうか。嫌がらせをせず、笑って暮らせるだろうか。
好きな人と、唯一の友人の恋。そんなことになったら、私は何を選び、どうするのだろう。答えが出せずに今日まで過ごしてきた。しかし、もう文化祭も目前だ。
クラスの出し物である仮装喫茶の看板も完成し、衣装もほぼ出来上がった。メニューは王都の人気パティスリーと提携して取り寄せたケーキと、今年の出来が素晴らしいイターナ産の茶葉で淹れる紅茶。あとはステラお手製のクッキーだ。
「リディア様! 私のクッキーどうです? 美味しいでしょ?」
ランチの後、ステラが焼いてきたクッキーを二人で試食した。前世の記憶を二人で思い出し、お菓子作りは得意だという彼女に任せて、ボックスクッキーを焼いてもらったのだ。私が真剣に試食していると、彼女も神妙な表情で見守っている。
「美味しいわ」
「よかったぁ」
くるくる変わる表情が可愛い。キラキラ輝く笑顔はまさしくヒロインだ。
可愛いだけじゃなく、きちんと努力してレベル上げに励んでいるし、ゲームに関係のない生徒にも変わらず陽気に接している。
悪役顔の私にも怖がらずものを言う彼女は、話していて気持ちがいい。だから、ステラのことは、好きだ。
もしも、クリス様のことを、ステラも好きなのだとしたら。私は身を引くしかないだろう。大好きな人と大切な友人の恋を応援するのだ。意を決して、ステラに尋ねる。
「……あ、あの! そ、そういえば……文化祭の日は……どなたを誘う予定なのかしら」
ステラはにっこりと笑い、「クリストファー殿下かなぁ」と答えた。
「!」
先日二人が笑い合っていたのを目撃したばかりだ。こうなる日が来ることは予想していた。いよいよその日が来て──。
「う、嘘です! 嘘! ああもう! 泣かないで! ごめんなさい! 殿下に怒られちゃう!」
「え……」
自分でも意識しないうちに、頬に涙が伝っていた。
「もーう! ちょっとからかっただけじゃない!」
「あ、わ、わたくし……」
「あれだけ殿下を攻略してるくせに、そんな不安そうな顔しないでください!」
「え……だって前に裏庭で……」
「ええ! 見てたんですか? あれは──」
オロオロしながらもステラは説明してくれた。
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それは入学して少し経った頃。ストーリーが大幅に変わっていることに気づいたステラは、クリストファーの権力に頼ることにした。
クリストファーを裏庭に呼び出したものの、リディア以外の女性には塩対応。不機嫌そのものだった。
「何の用だ。手短にしろ」
「私、今のところリディア様の唯一のお友達なんです。リディア様の好みとか悩み相談とか授業中の様子とか、色々お伝えできます! しかも強いのでリディア様の護衛にもなれます!」
「……見返りが必要なのか」
「さすがクリストファー殿下! お話が早い!」
ステラがニッコリと笑うと、クリストファーは眉間に皺を寄せた。
「それが目的でリディに近づいたのか?」
「そんなわけないでしょ? あんなに素敵な子、友達にならない方がおかしいわ」
「……そうだな」
ステラの回答にクリストファーの警戒が少し弱まった。
「私のお願いは一つ。アラン様にお会いしたいのです。入学式で助けていただいたお礼がしたいのに、なかなかお会い出来なくて。それで、殿下のランチタイムにお邪魔したりしていました。申し訳ありません」
「お前もアランか……」
ため息を吐きながら、クリストファーが呟いた。
「リディア様の側にいるとアラン様に会えないのはもしかして──」
「分かった協力しよう。アランの勤務表を入手する」
食い気味にクリストファーが答えた。ステラとしては、リディアがアランに会おうが会うまいがどちらでもいい。自分がアランに会うことが重要だ。
「では私はリディア様の可愛らしいエピソードをたくさんレポートにまとめておきますね」
こうして契約が成立し、定期的にアランの勤務表とリディアの行動報告書を交換する仲になったのだった。
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「という訳でして」
「アラン様にわたくしがなかなか会えないのは……」
「嫉妬でしょうねぇ」
遠い目をしながらステラが答える。ま、待って。色々気になる……!
「というかあなた! レポートって! わ、わたくしのこと、勝手に!?」
「大丈夫です! ちゃんとありのまま書いて提出してます! ちょっと滞るだけですごい怒られるんで、大変ですけど」
まさかそんな取引が行われているだなんて思わなかった。驚いた。
「そういうわけで、私が文化祭でお誘いしたいと思っているのは、アラン様ただお一人です! 協力してくださいね?」
「わかったわ……」
可愛らしくお願いしてくるステラに返事をしながら、私はやはりクリス様のことを想う。私のことをステラに聞いてどうしたかったのかしら。ステラに会う口実を作りたかったのだとしたら? いいえ、そんな回りくどいことをするかしら。
ステラがアラン様を選ぶ──そのことに安堵してしまう自分に少しだけ嫌気がさしたのだった。