悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています


 先日のリディアは大変可愛かった。
 聖剣を取りに行き、戻ってきた王城で、リディアは一人うずくまって泣いていた。その理由のなんと可愛らしいことか! そのまま押し倒してしまわなかった自分を盛大に褒め称えたい。
 
 リディアは何故か、私がステラ嬢を好きだと勘違いしていた。魔王戦が近づき疑心暗鬼になっているのかもしれない。ゲームとやらの『シナリオ』が恐ろしいのだろうか。
 その不安を少しでも解消してあげたい、それが今の私の一番の願いだった。


 私はリディアのことを思い出しながらも、キースとアラン、そしてディーンを呼んで、再び魔王戦に向けて対策を練っていた。
 あの日、ステラを呼び止めたのは、聖剣を研究するために一時的に預けてくれるように頼む為だ。選ぶもの以外持つことも許されない特殊な剣。そのため聖剣はステラが持たない時はアランに持ち歩いてもらうことになった。

 魔王を斃せるのは聖剣だけ。

 しかし、聖剣を私は握ることさえできない。だが、魔王を倒す役目を、リディアの不安を取り除くことを、他の誰かに譲ることはしたくなかった。もし叶うなら、私も──。

「どうするつもりだ?」
「聖剣を振った時、どんな効果が現れるのか、聖剣から特別な魔法や波動が生まれているのか研究する」
「時間がないぞ」
「わかっている、しばらく忙しくするが、協力してくれ。頼む」
「わかった」

 アランも聖騎士団としての任務もあり多忙な生活であるはずだが、私の願いに頷いてくれた。
 私は恐らく、この国随一の魔導士でもあり剣士でもある。その知識と技術を持って、自分も魔王と戦う術を身に付けようとしていた。



 冬の学園は寒く、生徒達は庭に出たがらない。王都は雪こそ積もらないが、風は凍るほど冷たい。
 誰も近寄らない中庭で私とステラはランチをしていた。
 私たちの周りだけは、私の魔法で春のようにぽかぽかとしている。だが、二人の顔はとても険しいものだった。

「いよいよね」
「はい……! 気合いが入りますね!」

 シナリオ通りならば、あと数日で魔王が復活する。

「思ったより混乱もなく、王都の国民も退避ができそうでよかったわ」
「ゲームをしていた時……焼け野原になっていても、たくさんの人が亡くなる描写があったとしても、そこまで気にしていませんでした。崩れて焼け落ちた教会で式をあげるスチルだって、『素敵〜』とか思ったりして」
「そうね、わたくしもよ。創世の物語だもの、聖女としてステラが祈って、怪我をした小さな子が助かるシーンなんて感動してたわ」

 シナリオ通りならば、王都を中心にこの国は壊滅状態になる。そのスチルを思い出しては、ドクドクと心臓が嫌な音をたてる。

「今は……怖いです。慣れ親しんだこの世界が、この国が、壊されるのが怖い。誰かの命が散るかもしれないなんて、考えたくない。全部守るなんて無理かもしれないけれど、私……」

 ステラが思い詰めたように言った。

「あなただけに任せるつもりなんてさらさらないわよ。わたくしも生き残るつもりだけど、魔王にだって立ち向かうわ」
「リディア様」
「あなただけが背負うべきことの範疇を超えているのよ。だから国王陛下だって騎士団だって動くの」
「はい。私は、私にできることをやります」
「そうね。聖剣はまだクリス様が持っているの?」
「はい。アラン様と何か研究されているみたいで。明日王城に引き取りに行く予定です」

 クリス様から贈られたブレスレットを服の上から触る。王城で泣いたあの日以来、クリス様のことを考えると胸が高鳴る。お忙しいのにあの日から毎日、少しだけでもと会いに来てくださるのだ。お兄様がその度、転移陣を書いていると聞いた。
 昨日は一輪の薔薇の花をたずさえて、メイトランド邸に現れたクリス様。ブレスレットをつけている私を嬉しそうにみる眼差しは、とても甘くて……。

 魔王戦が終わったら──。


「いたいた! リディア様! ステラさん!」

 サンドラが私たちを探していたようで、見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。

「どうしたの?」
「伝言ですわ! 殿下が急いで来るようにと」
「!」

 まさか、魔王がもう復活したのか!? 急いで駆け出す私たちの背後から、黒い影が迫って──。
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