霊感御曹司と結婚する方法
複雑な気持ちで、ため息をついて、ふとジャケットのポケットに手を入れたら紙切れが手に触れた。見覚えのない名刺だった。
『グリーンアビエーション
代表取締役 村岡糾司』
村岡さんの名刺だった。オフィスの住所と電話番号が書いてある。
気づいてしまった以上、知らないふりをすることはできなかった。わっと色々なことを思い出した。
自分が気を失った時に、遠のく意識の中で微かに聞こえた、ものが割れる音。ひっくり返ったときに店の高価な食器やグラスをいくつか割ったのだろう。店への弁償もあったはずだ。救急車も手配してくれたはずだ。そして、目を覚ましたのは個室の病室だった。会社に連絡をして親まで呼ぶ手配をしてくれたに違いない。
その場で迷いもなく名刺に書かれた番号に電話をかけた。
「神崎さんか。そろそろ気づいてかけてくると思っていたところだ。もう、大丈夫なのか?」
「そのことでお詫びをしたく思います」
私は彼の声を聞いてなぜか涙がこぼれた。
それが声に出て悟られないように、必死に隠して手短に面会をお願いした。
すぐオフィスまで来てほしいということだった。
私は彼に会うなり深々とお辞儀をした。
まず助けてもらったお礼を言った。それから意識を失う前の失礼な態度と言動を謝罪し、肩代わりしてくれた店への弁償代を支払うと言った。
彼はものすごく驚いて、そんなものはいいと言った。
それでは自分の気がすまないし、どうか請求してほしいと懇願した。
そこまで言って、堪えていた涙がまた溢れてきた。どうにも情緒不安定になっていることを自覚した。
まただ……。昨日の昼間と同じことをしてしまうと焦った。自分の心は冷静に観察できるのに、涙はどうにもとまらなかった。
眼の前の彼が、私をソファに座るように促し私は言う通りにした。
「落ち着いたな?」
「私は何しに来たんでしょうか……。本当に申し訳ありません」
声が出しづらく、鼻声のかすれた声で言った。
「謝らなくていい。また同じことを繰り返すぞ。しばらく何も考えるな。それより勤務条件の話をしたいんだが」
「え?」
「エムテイの人事本部長には君を紹介してくれた礼を既に言ったぞ。勤務開始は、来月からでいいな? 入社健診もあれで済んだだろ。若干の栄養不良くらいじゃないか?」
「あの、本当に雇ってくれるんですか?」
自分で言ってておかしい。そもそも断るつもりではなかったか。
「最初からそう言ってあるが?」
やっぱりおかしい。でも頭で考えてはいけないと言われて、妙なところで納得し始めていた。
引越ししないといけない。慰謝料でもぎとられた残りの貯金で新しい住居の契約と引っ越し代は何とか賄えるかもしれない。当面のつなぎの生活費は親に借りるしかないか……。
「当面の住居は俺の部屋に住めばいい。ごく一般の家族向けマンションだが。社宅なぞあるわけないし」
「はい?」
「ああ、俺が出ていく。一部屋は私物を置いておきたいからしばらく残しておいてほしいが。君の事情も知らないでこちらが無理を言っているから、それくらいはする」
それくらいって、やっぱりおかしい。
いつの間にか、村岡さんの自分への言葉遣いが他人行儀でなくなっていることに気がついた。
この人の口車にのせられて、養子縁組とか偽装結婚をさせられて、多額の保険金をかけられて、殺されて山に埋められるかもしれない。それでも、もう、この話にのると決めた。
「……何かおかしなことを考えていないか?」
「いえ、引き受けました以上ご期待に添えますよう努力します」
『グリーンアビエーション
代表取締役 村岡糾司』
村岡さんの名刺だった。オフィスの住所と電話番号が書いてある。
気づいてしまった以上、知らないふりをすることはできなかった。わっと色々なことを思い出した。
自分が気を失った時に、遠のく意識の中で微かに聞こえた、ものが割れる音。ひっくり返ったときに店の高価な食器やグラスをいくつか割ったのだろう。店への弁償もあったはずだ。救急車も手配してくれたはずだ。そして、目を覚ましたのは個室の病室だった。会社に連絡をして親まで呼ぶ手配をしてくれたに違いない。
その場で迷いもなく名刺に書かれた番号に電話をかけた。
「神崎さんか。そろそろ気づいてかけてくると思っていたところだ。もう、大丈夫なのか?」
「そのことでお詫びをしたく思います」
私は彼の声を聞いてなぜか涙がこぼれた。
それが声に出て悟られないように、必死に隠して手短に面会をお願いした。
すぐオフィスまで来てほしいということだった。
私は彼に会うなり深々とお辞儀をした。
まず助けてもらったお礼を言った。それから意識を失う前の失礼な態度と言動を謝罪し、肩代わりしてくれた店への弁償代を支払うと言った。
彼はものすごく驚いて、そんなものはいいと言った。
それでは自分の気がすまないし、どうか請求してほしいと懇願した。
そこまで言って、堪えていた涙がまた溢れてきた。どうにも情緒不安定になっていることを自覚した。
まただ……。昨日の昼間と同じことをしてしまうと焦った。自分の心は冷静に観察できるのに、涙はどうにもとまらなかった。
眼の前の彼が、私をソファに座るように促し私は言う通りにした。
「落ち着いたな?」
「私は何しに来たんでしょうか……。本当に申し訳ありません」
声が出しづらく、鼻声のかすれた声で言った。
「謝らなくていい。また同じことを繰り返すぞ。しばらく何も考えるな。それより勤務条件の話をしたいんだが」
「え?」
「エムテイの人事本部長には君を紹介してくれた礼を既に言ったぞ。勤務開始は、来月からでいいな? 入社健診もあれで済んだだろ。若干の栄養不良くらいじゃないか?」
「あの、本当に雇ってくれるんですか?」
自分で言ってておかしい。そもそも断るつもりではなかったか。
「最初からそう言ってあるが?」
やっぱりおかしい。でも頭で考えてはいけないと言われて、妙なところで納得し始めていた。
引越ししないといけない。慰謝料でもぎとられた残りの貯金で新しい住居の契約と引っ越し代は何とか賄えるかもしれない。当面のつなぎの生活費は親に借りるしかないか……。
「当面の住居は俺の部屋に住めばいい。ごく一般の家族向けマンションだが。社宅なぞあるわけないし」
「はい?」
「ああ、俺が出ていく。一部屋は私物を置いておきたいからしばらく残しておいてほしいが。君の事情も知らないでこちらが無理を言っているから、それくらいはする」
それくらいって、やっぱりおかしい。
いつの間にか、村岡さんの自分への言葉遣いが他人行儀でなくなっていることに気がついた。
この人の口車にのせられて、養子縁組とか偽装結婚をさせられて、多額の保険金をかけられて、殺されて山に埋められるかもしれない。それでも、もう、この話にのると決めた。
「……何かおかしなことを考えていないか?」
「いえ、引き受けました以上ご期待に添えますよう努力します」