霊感御曹司と結婚する方法
オフィス・ラブ
村岡さんが海外出張に出てから、ひと月が経とうとしていた。
その間、私に大きな心境の変化があった。偶然にも遠城さんから、ずっとわからなかった向井さんの最期を知ることができた。それは、知りたくても、立場上どうしても叶わなかったことだった。
思っていたとおり、奥さんとの関係は何も解決しないで彼は逝ってしまった。
それで考えることも多くなって、また睡眠障害が出てきた。以前ほど酷くはないが、中途覚醒で深夜に目が覚めて、それ以降眠れなかったりする日もあった。
今日は朝から事務所に吉田さんはいなくて、私一人だった。誰もいない事務所は静かで、昼間は眠くて仕方なかった。でも、以前は昼間ですら眠くなかったから、今の症状はまだマシかなあとは思っていた。
「神崎さん。風邪ひくよ」
誰かの呼ぶ声で目が覚めた。誰だろう? 彼も優しい声をしているなあと思った。でも、誰の声か気付いてはっとした。
「吉田さん……?」
私は事務所のソファに腰掛けて眠りこけていた。
「不用心だよ。部屋の鍵もしないで」
彼は部屋に入ってきてから、ジャケットを脱ぎながら言った。
「……私、こんなところで、すみません」
「いいよ。具合が悪いなら無理しないでほしい。今週締めの仕事は済んでいるし。そうじゃなくても、できなかったら僕に言ってくれたらいいから」
「吉田さん……。ありがとうございます」
私は寝起きのぼんやりとした思考が抜け切らない頭で、ソファに腰掛けたまま返事をした。
「あ、いや……。村岡、明後日に帰国するって連絡があったよ。聞いてる?」
吉田さんは慌てて私から視線をそらしたように見えた。
「いえ、何も」
「君が、そんな青い顔をしてたら、僕が何かいわれるよ」
「すみません……」
「何か君を困らせているんじゃないかって」
そんなことは全くないし、私は何も言うことがなくて黙っていた。
そうしたら、吉田さんがすまなさそうな顔をして言った。
「僕が、君にまだ上手く仕事がまわせていないの、わかっている。だけど、僕もまだ慣れないところ、君がいて、僕はすごく助かっているんだ。エムテイにいたときと勝手が違うだろうけど、君の会計資料の仕訳は完璧だ」
私は彼にそういうことを言われるとは思ってもみなくて、ただ驚いた。
「……そう言ってもらえて、嬉しいです」
私がそう言うと、彼も嬉しそうな顔をしてくれた。
「ついでに言うけど、タスク管理ツールの導入だっけ? あれ、すごくいいよ。面倒だったんじゃないの? たぶん理科系の知識もいるよね? 僕はそういうの苦手だなあ……」
吉田さんがものすごく謙遜しているのは知っている。彼もまた、とびきり頭がいい。
「それは、遠城さんが教えてくれました。村岡さんに言ってもやってくれないからっておっしゃって、私が引き受けました」
普段なら吉田さんとの会話はこれくらいで終わっていたけれど、今日はもう少し踏み込んでみようと思った。
「私はお二人には、ご自分のお仕事に専念してほしいんです」
「……何かプレッシャーだなあ」
「仕事は、自分で見つけます。何かしら出てくるものですよ。遠城さんも励ましてくれました」
「何? やっぱり悩んでいたの? ここで仕事が無いって……」
私は笑って言った。
「そういうのじゃないです。ただ、私がここで何が出来るのかを遠城さんに相談したんです。そうしたら、色々ヒントをくださったんです。すごい人ですよね、遠城さん。私なんか半年かかっても思いつかないようなことを会話の中で答えてくれるんです」
「ああ、彼女は村岡のファンらしいよ。だから彼女ほどの人でも、うちのコンサルを引き受けてくれたんだ」
「ファン? どういう……?」
「あ、いや、村岡が彼女好みってことだよ。村岡、見た目がいいだろう? それだけが理由というわけではないけど、あいつ、男女問わずモテるんだよ。昔から。あ、遠城さんは女性か……。すこし特殊だけど」
吉田さんが少しうろたえてひとりでツッコむ姿は、私には意外だった。
その間、私に大きな心境の変化があった。偶然にも遠城さんから、ずっとわからなかった向井さんの最期を知ることができた。それは、知りたくても、立場上どうしても叶わなかったことだった。
思っていたとおり、奥さんとの関係は何も解決しないで彼は逝ってしまった。
それで考えることも多くなって、また睡眠障害が出てきた。以前ほど酷くはないが、中途覚醒で深夜に目が覚めて、それ以降眠れなかったりする日もあった。
今日は朝から事務所に吉田さんはいなくて、私一人だった。誰もいない事務所は静かで、昼間は眠くて仕方なかった。でも、以前は昼間ですら眠くなかったから、今の症状はまだマシかなあとは思っていた。
「神崎さん。風邪ひくよ」
誰かの呼ぶ声で目が覚めた。誰だろう? 彼も優しい声をしているなあと思った。でも、誰の声か気付いてはっとした。
「吉田さん……?」
私は事務所のソファに腰掛けて眠りこけていた。
「不用心だよ。部屋の鍵もしないで」
彼は部屋に入ってきてから、ジャケットを脱ぎながら言った。
「……私、こんなところで、すみません」
「いいよ。具合が悪いなら無理しないでほしい。今週締めの仕事は済んでいるし。そうじゃなくても、できなかったら僕に言ってくれたらいいから」
「吉田さん……。ありがとうございます」
私は寝起きのぼんやりとした思考が抜け切らない頭で、ソファに腰掛けたまま返事をした。
「あ、いや……。村岡、明後日に帰国するって連絡があったよ。聞いてる?」
吉田さんは慌てて私から視線をそらしたように見えた。
「いえ、何も」
「君が、そんな青い顔をしてたら、僕が何かいわれるよ」
「すみません……」
「何か君を困らせているんじゃないかって」
そんなことは全くないし、私は何も言うことがなくて黙っていた。
そうしたら、吉田さんがすまなさそうな顔をして言った。
「僕が、君にまだ上手く仕事がまわせていないの、わかっている。だけど、僕もまだ慣れないところ、君がいて、僕はすごく助かっているんだ。エムテイにいたときと勝手が違うだろうけど、君の会計資料の仕訳は完璧だ」
私は彼にそういうことを言われるとは思ってもみなくて、ただ驚いた。
「……そう言ってもらえて、嬉しいです」
私がそう言うと、彼も嬉しそうな顔をしてくれた。
「ついでに言うけど、タスク管理ツールの導入だっけ? あれ、すごくいいよ。面倒だったんじゃないの? たぶん理科系の知識もいるよね? 僕はそういうの苦手だなあ……」
吉田さんがものすごく謙遜しているのは知っている。彼もまた、とびきり頭がいい。
「それは、遠城さんが教えてくれました。村岡さんに言ってもやってくれないからっておっしゃって、私が引き受けました」
普段なら吉田さんとの会話はこれくらいで終わっていたけれど、今日はもう少し踏み込んでみようと思った。
「私はお二人には、ご自分のお仕事に専念してほしいんです」
「……何かプレッシャーだなあ」
「仕事は、自分で見つけます。何かしら出てくるものですよ。遠城さんも励ましてくれました」
「何? やっぱり悩んでいたの? ここで仕事が無いって……」
私は笑って言った。
「そういうのじゃないです。ただ、私がここで何が出来るのかを遠城さんに相談したんです。そうしたら、色々ヒントをくださったんです。すごい人ですよね、遠城さん。私なんか半年かかっても思いつかないようなことを会話の中で答えてくれるんです」
「ああ、彼女は村岡のファンらしいよ。だから彼女ほどの人でも、うちのコンサルを引き受けてくれたんだ」
「ファン? どういう……?」
「あ、いや、村岡が彼女好みってことだよ。村岡、見た目がいいだろう? それだけが理由というわけではないけど、あいつ、男女問わずモテるんだよ。昔から。あ、遠城さんは女性か……。すこし特殊だけど」
吉田さんが少しうろたえてひとりでツッコむ姿は、私には意外だった。