霊感御曹司と結婚する方法
 改めて男をよく見ると、身なりも容姿も随分といい男だ。歳の頃はたぶん自分とかわらない。

 質感の良い白シャツに、この季節にちょうどよい感じの薄手の生地のジャケットを羽織って、ジャケットの色に合わせたスラックスを履いている。オンともオフとも取れない絶妙なバランスは、彼の雰囲気にとても合っていてセンスがいい。手首には使い込まれた革バンドの自動巻きの、知る人ぞ知るブランドの時計がまかれ、そして何より、美しい革靴を履いた足元が目に止まった。

 その姿からは、胡散臭さとかヤバさは微塵も感じられない。でも、彼の姿に気になることがあるなら、その靴だ。今晩は嵐の大雨だ。革底と思しきその高そうな靴は、既にダメになってしまっている。

 彼は何故この靴で、この大雨の中をウロつく気になったのだろうか?

「ああ、これ? 台風で大雨だというのに、こんな靴を履いてきて大失敗だよ」

「い、いえ。随分とおしゃれな方だなあと思って」

「そうかな? どうもありがとう」

 なんというか、彼は、私が警戒していることを完全に見透かしている。私がわかりやすいだけかもしれない。恥ずかしくて、本当に、さっさと帰りたかった。

「一杯だけ頂いて帰ります」

 そう言って身体の向きを正面に変えた。

「いいところにお勤めなんですね」

「ええ?」

 私はびっくりしてむせてしまった。何故、勤め先までわかるのか?

「エムテイ商会さん。大きな商社さんだ」

 彼は私のジャケットの襟についた社章を指して言った。

「……あ、これですか。うちの会社、ご存知なのですか? ……そーですね、歴史もあるし、業績も好調だし、いい会社ですよ。私みたいなのを雇ってくれているし。ほんとに」

「長いんですか?」

「新卒からです」

 何年目というと、歳がわかってしまうので当然言わない。本当のところは五年経った。でも、今月で退職する。

「それは優秀な方なんですね」

 それはない。五年たってもペーペーの経理事務員だ。だからといって、それをどうにかしようという向上心もないが、そういうことを初対面の彼に説明する気も当然ない。

「でも、辞めるんです」

「それはどうして?」

「人間関係に疲れて、です」

「待遇や仕事に不満はなかったのですか?」

「ないですよ。いい会社ですから」

「それは、もったいない」

「もう、いいんです」

 本当のところは、トラブルをおこして会社にいられなくなった。私は巻き込まれたといってもいい。でも、根も葉もない噂を立てられ、嫌でも耳に入ってきてもっと嫌になった。

「あなたの退職と元彼さんのことが関係ありますか?」

 ある。なんて答える訳がない。でも当たりだ。この男に推理されるまでもなく、男女関係のトラブルで退職なんてよくある話だ。自分のケースは特殊だとは思っているけど……。

「……全くの別のことです」

「あなたのように美人で優秀な方を手放すとなると会社も痛手でしょうね」

 実にわかりやすく褒める。ここで。もう退職は決まったことだし、私はどうでもいいと思っているので、さらりとかわす。

「そんな訳、一ミリもないです」
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