霊感御曹司と結婚する方法
 そうこうしているうちに、スマートフォンのナビアプリで設定した目的地付近についた。自分で決めた場所ではなく条件で検索されたスポットだ。着いた先は埠頭に近い海浜公園だった。

「意外な場所を案内したな」

 駐車場に車を停めて外に出た。先に車を降りた蒼子は何も言わず、ひとり海の方へ向かって歩いていた。

 俺は、そのうしろ姿をしばらく眺めてから、ゆっくりあとを追った。彼女は護岸の柵越しに夜の海を眺めていた。俺も少しだけ離れて、彼女の横に立った。

 その時、自分のものではない記憶がフラッシュバックして、頭の中には、自分のものではない考えが浮かんだ。

──来年の今頃はこの世にいないかもしれない。

 そして、横にいる蒼子との距離に違和感を覚えた。自分は彼女とはパーソナルスペースを守って接している。この違和感も自分のものではないなと悟った。

 これは、向井という男の記憶だ。

 俺には霊感がある。

 俺は、いつどこでか、知らないうちに、死んだ向井の魂を自分の中に取り込んでしまっている。

 最初は、それが誰だか知らなかったし、蒼子の死んだ元彼だとわかったのは、彼女と出会ってしばらく経ってからのことだ。

 俺の場合、魂を取り込むというのは、その故人の記憶が俺に宿るというイメージだ。そして、それは決して、日常的に起こることではない。

 彼らの記憶が、常に自分の中に再現されるわけではないし、魂がいつの間にか消えていることだってある。何者かわからないうちに。

 蒼子は一心に夜の海を眺めている。たぶん彼女が今考えていることが、俺の中に留まっている向井の記憶を引き出したのだろう。

「残念ながら、今日は花火はあがらないな」

 フラッシュバックで一瞬だけ見えた光景を言ってみた。蒼子は、驚いた表情でこちらを向いたが、また海の方を向いてしまった。

「こういう場所に誰かと来たことがあるのか?」

「……いえ。ありません」

「何でそんな上の空でいる?」

「……そうですか? そんなことない……」

 彼女は、それでも俺の問いかけに上の空で答え、海の向こうを見ている。

「何かを思い出してるってくらい、隠さなくてもいいんじゃないか?」

「どうして、わかるんですか? ……今、あなたの事を考えてはいないです」

「だから解る」

 彼女はひたすら暗い海の遠くを眺めている。たぶん俺の手前、泣くのをこらえている。

 俺も、もう少し離れて彼女のほうを向かないようにしてやった。

 そして、空を見上げて思う。

 この場面はなんとも切ない。

 この時、向井は自分の深刻な本当の病状を彼女に伝えず嘘を言った。彼女の方はうすうす違うと思っても聞けなかった。

 向井は、本当はここで別れ話を切り出すはずだったが、それもしなかった。

 俺ならどうだろうと思う。そういう病状で、そういう関係であれば、もはや別れは言うだろう。その為の嘘はつく。

 その男とは違う。
< 26 / 80 >

この作品をシェア

pagetop