霊感御曹司と結婚する方法
このバーに、初めて向井さんに連れてこられた時に、ある告白をされた。随分と前のことだ。
向井さんが、長期入院をしていたときに私は彼の事務手続きの担当となって、相談を受けたり諸手続きの指南をしたりしていた。
その日は、退院した向井さんに、世話になったお礼と言われて、食事に誘われて、その足で連れてこられたお店だった。
「ガンなんだ」
何となく想像していた。入院先の病院や、入院期間から良くない病気だということはわかっていた。
「ステージツー。五年生存率は半分ないらしい」
向井さんは既婚者だったけれど、会社の長期療養に関係する書類を自宅に送っても一向に返事がなかった。携帯に電話をすると出てくれるので、聞いてみたら入院先まで持ってきてほしいということだった。それで、入院先まで出向いたことがある。
その日、病室には女性もいた。でも、その人は奥さんではなく、向井さんの実のお姉さんだった。
必要な手続きは、自分が出来ないときは、彼女を通じてしてほしいということだった。それで、向井さんは、奥さんとの関係が良くないだろうということもわかった。
「病気が発覚してから、妻とは別居しているんだ。妻からは、死ぬような病気の看病はできないってハッキリ言われた。でも、気持ちはわかるんだ。他人からしたら怖いもんな」
今思えば、私に隙があった。向井さんの押しつぶされそうな不安も痛いほどわかった。
私はその日、その晩、体調がいいと言った向井さんと関係を持ってしまった。
「どうしたの? 黙り込んで」
目の前にいる男と、あの日横にいた向井さんはまったく重ならない。
向井さんも、病気じゃなかったら本当はこんな感じだったかもしれない。病気をする前の向井さんのことは知らないけれど、彼は会社のエリート組だった。病気がなかったら自信たっぷりで、おしゃれで、何より私みたいな垢抜けないトロい女は相手にしていなかったはずだ。
向井さんには、その後、お付き合いを申し込まれたわけではない。別居中とはいえ奥さんがいるから当然だろう。でも、ちょくちょく彼から連絡が来るようになって、私はその都度応じた。私は、恋人もいないし、思う人もいないし、趣味もないし、断る勇気もないしで、彼が亡くなるまで関係は続いた。
向井さんは、半年前に亡くなった。
生前に、彼の離婚が成立することはなかった。別に私はそれを望んでいたわけではない。でも、そのことで向井さんのことを心配していた。どちらの選択をとるにしても、このまま見ないふりを続けて後悔しないのかなと。
そして、私が退職に至ったトラブルの原因は、実は、向井さんが亡くなる少し前に、私にしたあることにあった。
そのことで、私は大変なことになった。嫌な思いをしたし、傷ついたし、いまだにそのことばかり考えているし、時間だけが解決してくれることだと思っている。
「どうしたの? もしかして元彼さんを思い出していたとか?」
目の前の彼が、私の顔を覗きこむようにして言った。私はそれで意識の焦点を今に取り戻した。
「……いいえ。これからのことです」
「会社を辞めて、次はどうするんですか?」
「実家に帰ってから考えます。会社に、もう少しいられると思ったんですけど、引き継ぎがあっさり終わったので、次の仕事が決まらないまま辞めることになりましたから」
向井さんが、長期入院をしていたときに私は彼の事務手続きの担当となって、相談を受けたり諸手続きの指南をしたりしていた。
その日は、退院した向井さんに、世話になったお礼と言われて、食事に誘われて、その足で連れてこられたお店だった。
「ガンなんだ」
何となく想像していた。入院先の病院や、入院期間から良くない病気だということはわかっていた。
「ステージツー。五年生存率は半分ないらしい」
向井さんは既婚者だったけれど、会社の長期療養に関係する書類を自宅に送っても一向に返事がなかった。携帯に電話をすると出てくれるので、聞いてみたら入院先まで持ってきてほしいということだった。それで、入院先まで出向いたことがある。
その日、病室には女性もいた。でも、その人は奥さんではなく、向井さんの実のお姉さんだった。
必要な手続きは、自分が出来ないときは、彼女を通じてしてほしいということだった。それで、向井さんは、奥さんとの関係が良くないだろうということもわかった。
「病気が発覚してから、妻とは別居しているんだ。妻からは、死ぬような病気の看病はできないってハッキリ言われた。でも、気持ちはわかるんだ。他人からしたら怖いもんな」
今思えば、私に隙があった。向井さんの押しつぶされそうな不安も痛いほどわかった。
私はその日、その晩、体調がいいと言った向井さんと関係を持ってしまった。
「どうしたの? 黙り込んで」
目の前にいる男と、あの日横にいた向井さんはまったく重ならない。
向井さんも、病気じゃなかったら本当はこんな感じだったかもしれない。病気をする前の向井さんのことは知らないけれど、彼は会社のエリート組だった。病気がなかったら自信たっぷりで、おしゃれで、何より私みたいな垢抜けないトロい女は相手にしていなかったはずだ。
向井さんには、その後、お付き合いを申し込まれたわけではない。別居中とはいえ奥さんがいるから当然だろう。でも、ちょくちょく彼から連絡が来るようになって、私はその都度応じた。私は、恋人もいないし、思う人もいないし、趣味もないし、断る勇気もないしで、彼が亡くなるまで関係は続いた。
向井さんは、半年前に亡くなった。
生前に、彼の離婚が成立することはなかった。別に私はそれを望んでいたわけではない。でも、そのことで向井さんのことを心配していた。どちらの選択をとるにしても、このまま見ないふりを続けて後悔しないのかなと。
そして、私が退職に至ったトラブルの原因は、実は、向井さんが亡くなる少し前に、私にしたあることにあった。
そのことで、私は大変なことになった。嫌な思いをしたし、傷ついたし、いまだにそのことばかり考えているし、時間だけが解決してくれることだと思っている。
「どうしたの? もしかして元彼さんを思い出していたとか?」
目の前の彼が、私の顔を覗きこむようにして言った。私はそれで意識の焦点を今に取り戻した。
「……いいえ。これからのことです」
「会社を辞めて、次はどうするんですか?」
「実家に帰ってから考えます。会社に、もう少しいられると思ったんですけど、引き継ぎがあっさり終わったので、次の仕事が決まらないまま辞めることになりましたから」