霊感御曹司と結婚する方法
 年が明けて、向井さんの携帯電話も解約されたのか、繋がらなくなって、私ができることは毎月の会社のイントラの広報ページをチェックすることだけだった。

 私は彼の結末を知ることに頭がいっぱいで、彼から受け取った封書のことはすっかり忘れていた。

 そして、翌月に広報が更新されて、向井さんが亡くなった事実を知った。

 その後のことは思い出したくない。

 向井さんの死を知って、日もあまり経たないくらいのタイミングで、会社に向井さんの奥さんの代理人という人が私のところに訪ねてきた。そして、上司や課長が同席した場で、私と向井さんの関係と、奥さんが主張する事実関係の確認がなされた。

 向井さんの口座から貯蓄が引き出されていて一部を除いて行方がわからないという。

 それを聞いて初めて焦点が合うように、記憶の一部分が鮮明になった。

 私は、それには思い当たることがあるから、自宅まで来てほしいと申し出た。

 私は自宅に彼らをとおして、向井さんから受け取った封書をまとめたファイルケースを渡した。

 私は、封書には一切手を付けていなかったし、受け取った日付順に封筒を整理してファイリングしていた。

 しかし、向こうにとっては、そんなことも、これがどういう経緯で私の手に回ってきたのかも、どうでもいいことだった。

 私の目の前で、きれいに閉じられたきれいな封筒を、次々と雑にハサミやカッターで開けていって、中身が現金であることを確認していた。

 現金を数え上げ、これが全てかと聞いてきた。そして私に何かの書類にサインを書かせると、彼らは破いた封筒ごと乱暴に箱に詰めて、何も言わず全て持っていってしまった。

 何日かして、私のもとに郵便が届いて、向こうが言うとおりの謝罪文を書くことと、向こうが言う通りの慰謝料を口座に振込むことになった。

 向井さんの奥さんには最後まで会わなかったし、それがかえって恐ろしかった。

 結局、私は向井さんの最期を知ることはできなかった。いつに亡くなったのか、朝だったのか夜だったのか、どこでとか、穏やかだったのか苦しかったのかとか。

 素直に従っても、こちらの事情は何一つ聞いてくれなかったし、事務的に処理された。

 嘘でもお金の所有権を主張して、何か言ってゴネていれば多額の慰謝料は支払わなくても済んだのかもしれないし、その後は何かが変わったのかもしれない。

 会社は辞めずに済んだかもしれないが、そうしたら、村岡さんとは出会っていなかっただろう。

──考えるな。同じことを繰り返すぞ。

 村岡さんは、私が向井さんが亡くなった後に起きたことで傷ついて、精神がどうにもおかしくなっていた時、突然、目の前に現れて助けてくれた。

 そのことで、たぶん、私の命は救われた。
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