霊感御曹司と結婚する方法
 後の時間は、私はあまりお酒がすすまなかったけど、彼が海外赴任時の話をおもしろ可笑しく話してくれて、気がつけば閉店まであと三十分くらいの時刻だった。

 男のジャケットの胸あたりから携帯電話が鳴った。男は取り出して画面を確認すると、ちょっと無視できない相手からの電話だ、申し訳ないと言って店から出ていった。

 しばらく経っても戻ってこない様子だったので、私はその隙に二人分の会計を済ませて、男が出ていった別の入口から店を出た。

 店の廊下のこちらから見えないところで彼の話し声がしていた。何を話しているのかはわからないが、口調から仕事の話っぽかった。

 どういう人だろうと思った。でも、もう会うことはない。

(久々に楽しかったです。ありがとう)

 と、心の中でつぶやいた。

 外は来た時よりも雨脚がさらに強くなっていて、傘も役に立たないくらいになっていた。店を出てから一瞬で足元がずぶ濡れになっていたが、自分のことより、あの彼の素敵な靴は大丈夫だろうかと気になった。

 このところの私は、ずっと体調がよくなかった。身体がいくら疲れていても眠れない。でも、今はこんな悪天候の中をかろうじて歩けている状態だというのに、足取りも身体も何故か軽かった。

 あの男前の彼とお話をしたからかなと思った。私の悩みもその程度のものだったのかなとも思って、少しだけ笑えてしまった。

 今日は久々に朝まで眠れるかもしれない。
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