霊感御曹司と結婚する方法
誰の苦悩 ー糾司視点ー
俺は、母と二人で兄のマンションを訪れていた。兄の遺品整理のためだ。
兄の住居に入るのは初めてだった。その理由は義姉を避けていたからに他ならない。入ると、彼の部屋も全く生活感がなかった。
「俺といい勝負だ」
「家具もあんまりないし、冷蔵庫すらほとんど使っていないのね。お手伝いさんはいたみたいだけど、掃除くらいかしら」
一部屋だけ、ドアノブが外された部屋があった。
「この部屋よね」
母が、恐る恐る覗いてドアを開けた。
「あ……」
母は、言葉を失うように驚いていた。
十畳くらいの広さの寝室で、部屋の壁全体で、ビリビリに壁紙が破かれていて、何か硬いもので破壊されたのか、石膏ボードが割られて穴が空いているところがいくつもあった。インクの瓶を投げたような、黒く汚れたシミもあったし、目を凝らしてよく観察すると、古くなった血液と思うシミもあった。
古い損傷箇所もたくさんあって、長い時間かかってここまで荒らされたということは、よくわかった。
「窓はないし、座敷牢かよ」
「ここは一歌さんの寝室ね」
クローゼットには、切り裂かれた洋服や、ボロボロに壊されたバッグや靴が乱雑に放ってあった。
「一生物のバッグなのに、酷いことをするのね。これ、修理できるかしら」
母は、金目のものが残っていないか物色を始めていた。
「あなたは後でこの部屋をお清めするのよ。これでは、次に住む人が病気になるでしょう?」
「売れないだろ。事故物件だし」
「そうね……。売れなかったら、お父さんがいなくなった後に私が住もうかしら」
「いい考えだな」
「あなたでも、ここで何があったか分からないの?」
「霊的なものじゃないが、まあ、なんとなく想像できる」
「敦司くんが、一歌さんに乱暴をはたらいていたの……? 凄惨な……」
母は鋭い。女の感だろうか。
「そういうこともあっただろうし、喧嘩で手に負えなくなった時に、一歌をここに閉じ込めることもあったんじゃないか? お母さん、あなたが手に持つ、その壊されたバッグも、兄さんの仕業だろう」
ホテルのカフェで一歌が逆上して、蒼子に拳銃を向けた根拠はこれにあるような気もした。
「一歌さん、あんないけないものをこっそり手に入れて、敦司くんに復讐するつもりだったのかしら?」
「どうだろうな。わざわざ拳銃じゃなくてもいい気がするが」
「これ、血の汚れよね。たぶん」
うっすらついた壁の古い汚れに、母は何かを気づいていたらしい。
「……もしかして、彼女、赤ちゃん、うまく出来なかったのかしらね」
「ああ……?……その。……そうか」
そういうセンシティブな話は、独身の、ましてや男の俺にはまったく実感がわかない上、想像もつかない。
「一度や二度じゃ無かったのかもしれないわね。……でも、どうかしらね」
ふと、一歌が、俺の写真を集めて持っていたという、刑事が言った話を思い出した。それは、自分の叶わなかった思いを、密かに俺に重ねていたということなのだろうか? もしそうなら、歪んだ思慕と思うが、あくまで憶測にすぎない。本当の彼女の気持ちや苦悩はわからないし、俺はそういう立場にはない。
「夫婦がこんなことになっていたなんて、全然気付かなかった。しかも、随分と前からのようだし……。敦司くん、誰にも言えないでいて、気の毒だった」
夫婦関係の実際のところなんか、他人には絶対にわからない。最初から関係が悪そうに見えた兄夫婦だったが、微分のように瞬間的に上向きな時もあったのかもしれない。そして、その逆も。
「気の毒だったかどうかわからないだろう。お互いに上手くやろうと努力もしたこともあったかもしれないし。ただ、兄さんは、関係に疲れたんだろうな。俺もそんな上辺程度しかわからない。兄さんの孤独もまるでわからなかったし、今も理解してやれているのか全く自信がない」
「あなたが責任を感じることじゃないわ」
兄の住居に入るのは初めてだった。その理由は義姉を避けていたからに他ならない。入ると、彼の部屋も全く生活感がなかった。
「俺といい勝負だ」
「家具もあんまりないし、冷蔵庫すらほとんど使っていないのね。お手伝いさんはいたみたいだけど、掃除くらいかしら」
一部屋だけ、ドアノブが外された部屋があった。
「この部屋よね」
母が、恐る恐る覗いてドアを開けた。
「あ……」
母は、言葉を失うように驚いていた。
十畳くらいの広さの寝室で、部屋の壁全体で、ビリビリに壁紙が破かれていて、何か硬いもので破壊されたのか、石膏ボードが割られて穴が空いているところがいくつもあった。インクの瓶を投げたような、黒く汚れたシミもあったし、目を凝らしてよく観察すると、古くなった血液と思うシミもあった。
古い損傷箇所もたくさんあって、長い時間かかってここまで荒らされたということは、よくわかった。
「窓はないし、座敷牢かよ」
「ここは一歌さんの寝室ね」
クローゼットには、切り裂かれた洋服や、ボロボロに壊されたバッグや靴が乱雑に放ってあった。
「一生物のバッグなのに、酷いことをするのね。これ、修理できるかしら」
母は、金目のものが残っていないか物色を始めていた。
「あなたは後でこの部屋をお清めするのよ。これでは、次に住む人が病気になるでしょう?」
「売れないだろ。事故物件だし」
「そうね……。売れなかったら、お父さんがいなくなった後に私が住もうかしら」
「いい考えだな」
「あなたでも、ここで何があったか分からないの?」
「霊的なものじゃないが、まあ、なんとなく想像できる」
「敦司くんが、一歌さんに乱暴をはたらいていたの……? 凄惨な……」
母は鋭い。女の感だろうか。
「そういうこともあっただろうし、喧嘩で手に負えなくなった時に、一歌をここに閉じ込めることもあったんじゃないか? お母さん、あなたが手に持つ、その壊されたバッグも、兄さんの仕業だろう」
ホテルのカフェで一歌が逆上して、蒼子に拳銃を向けた根拠はこれにあるような気もした。
「一歌さん、あんないけないものをこっそり手に入れて、敦司くんに復讐するつもりだったのかしら?」
「どうだろうな。わざわざ拳銃じゃなくてもいい気がするが」
「これ、血の汚れよね。たぶん」
うっすらついた壁の古い汚れに、母は何かを気づいていたらしい。
「……もしかして、彼女、赤ちゃん、うまく出来なかったのかしらね」
「ああ……?……その。……そうか」
そういうセンシティブな話は、独身の、ましてや男の俺にはまったく実感がわかない上、想像もつかない。
「一度や二度じゃ無かったのかもしれないわね。……でも、どうかしらね」
ふと、一歌が、俺の写真を集めて持っていたという、刑事が言った話を思い出した。それは、自分の叶わなかった思いを、密かに俺に重ねていたということなのだろうか? もしそうなら、歪んだ思慕と思うが、あくまで憶測にすぎない。本当の彼女の気持ちや苦悩はわからないし、俺はそういう立場にはない。
「夫婦がこんなことになっていたなんて、全然気付かなかった。しかも、随分と前からのようだし……。敦司くん、誰にも言えないでいて、気の毒だった」
夫婦関係の実際のところなんか、他人には絶対にわからない。最初から関係が悪そうに見えた兄夫婦だったが、微分のように瞬間的に上向きな時もあったのかもしれない。そして、その逆も。
「気の毒だったかどうかわからないだろう。お互いに上手くやろうと努力もしたこともあったかもしれないし。ただ、兄さんは、関係に疲れたんだろうな。俺もそんな上辺程度しかわからない。兄さんの孤独もまるでわからなかったし、今も理解してやれているのか全く自信がない」
「あなたが責任を感じることじゃないわ」