霊感御曹司と結婚する方法
 母は、家から持ってきた線香を取り出して火を付けた。煙が部屋に立ち込めるのを見守って、一歌のダブルベッドに腰掛けてくつろぎ始めた。それを見て、俺も側にあったビューローの椅子に腰掛けた。

 ここで、母と話を続けるのもいいかもしれないと思った。

「死ぬ直前か、死んだ直後か、兄さんが俺の元に訪ねてきた」

「ふーん……。不思議な力を持っているわよねえ? そんなこともできるの。それで、敦司くん、何て?」

「俺に出会えて良かったんだって。弟の俺が可愛かったんだって」

 それを聞いた母は、キョトンとした顔をした。俺の言ったことが意外だったのだろうか。

「それは、そうかもねえ……。よく覚えているわよ。敦司くん、あなたが産まれてしばらくは、赤ちゃんのあなたに会いに、しょっちゅう帰ってきていた。彼は歳のわりには随分大人びていて、子ども好きな印象もなかったから、珍しかったのかもしれないけど、実家に立ち寄る口実も出来てよかったんじゃないかと、私は思っていた。あの当時は、敦司くんはお父さんともギクシャクしていたから」

「魂の兄さんもおしえてくれたけど、俺が居たおかげで父子の関係が、改善できたと言ってくれたのは俺にとって救いだ。でも、今のお父さんの、あの落ち込みようは見ていられない」

「お父さんのことは心配しないで。私がついているから。それよりあなたは、自分のこころを護りなさい」

「……兄さんは、魂になって会いに来ても、俺に気をつかっているくらいだ。俺には好きなようにすればいいと言って」

「それが彼の本心だと思いなさいな。そういった、やり取りが出来て良かったんじゃないの? 夢の中でも。ねえ、そんな寂しそうな顔をしないで。心配になる。あなたはしっかりしていると思っていたけど」

「そこは、意外と平気だ。だけどそれがつらい。兄の苦悩も孤独も、何もわかっていなかったことがつらい」

 俺は泣きはしないが、それに近い表情をしているのだろう。母は困った顔をして言った。

「彼女に……、慰めてもらいなさいな。あの後、うまくいきそうなんでしょう?」

「ああ、……たぶん、彼女とは無理だろう。兄さんが死んで風向きが変わった。俺も、俺に起こるこの先のことで、彼女を巻き込みたくない」

「そうなの? そんなものかしらねえ。でもまあ、縁ってあるからねえ……」

 母は寂しそうに言った。

「俺には、彼女を側に置いておきたい理由は別にあったんだが、そっちはもう大丈夫と思う」

「事情はわからないけど、別に、恋人同士じゃなくてもいいんじゃないの? 慰めてもらうくらい。あなた、そういうの、専門じゃないの?」

 母はしれっと言った。俺は苦笑いするしかない。

「さすがは、苦労が多い人生を歩んできただけはあるんだな? 素晴らしい人間洞察力だし、言うことが違う。お母さん」

「関係ないわよ。あなたがわかりやすいだけよ。自分の息子だし、まっすぐ純粋に育てたつもりだから。人に恨まれることがあっても、女性関係くらいじゃないの?」

「……勝手な想像だけで、言わないでもらえるかな?」

 母は軽く声を出して笑った。

「そろそろ出ましょうか」

 母は燃え尽きそうな線香の火を消して片付けた。
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