霊感御曹司と結婚する方法
 二人、何も言わないまま時間が過ぎた。春先の夜の外気はやはり寒い。

 今日の披露宴に出席するために用意したノースリーブの薄手のワンピースにジャケットを羽織っただけの私はさすがに寒かった。

 村岡さんは黙って自分のコートを脱いで私の肩にかけてくれた。彼の気遣いとコートにほのかに残る彼のぬくもりが、別れがせまるこの瞬間にはとても心にしみる。

 彼のコートに袖を通すと腕もすぽっと入るし、肩の部分も全然合わないし、腕はだいぶ袖丈が余って、彼の体格の良さも改めてわかって、そういう再認識も今の自分には切ない。

(ほんとうに、彼とはもうお別れなんだ……)

 決意は揺るぎないけど、悲しい気持ちは抑えられない。

 私は受け取ったキーホルダーを見ながら、これが手元にあれば二人をいつでも思い出せるかなと思った。

 村岡さんが言った。

「もう、大丈夫だろうか?」

「……はい。実家に帰ります。一人になっても、大丈夫です」

 私は目に滲んだ涙を慌てて拭って言った。

 こんなこと、一生に一度もあるだろうか。向井さんにも目の前の村岡さんにも心から感謝した。そして、得体のしれない何者かにも。前世の自分かもしれないし、先祖の誰かかもしれない。

「本当に、なんてお礼をいったらいいか……。たぶん、村岡さんには時間をかけて、命を助けてもらった」

 また沈黙が始まった。しばらくして村岡さんが言った。

「まあ、大丈夫かと聞いたのは、そういう意味じゃないんだけどな」

「……何ですか?」

「何から言おうか……。まず、君がエムテイに戻るって話は、嘘だろう?」

「なんだ……、バレてたんですね」

「当たり前だ。俺を誰だと思っている」

「まあ、人事評価も白紙にしてもらいましたし、安心して転職活動できるかなって思っただけです。エムテイには良くしてもらったし、それ以上のことはのぞみません。会社に籍を戻すってお話は正式にお断りしました」

「そうか。それがいいかもな」

「村岡さんの働きかけもあったかと思うんです。そこは心苦しいですが」

「俺は何も関与していない。籍を戻すというのは、会社の人事がそう判断したのだろう。実は、俺も君に嘘をついている。俺もエムテイには戻らない」

「……じゃあ、グリーンを続けるということですか?」

「それもない」

「ええ……?」

「俺は、いち社会人としてやっていく。エムテイの関係のないところで。具体的には何もきまっていないけどな。君と同じだ」

「嘘ですよね……? 今までの苦労は何だったんですか?」

「吉田と遠城さんが引き継いでくれる。エムテイの事業計画にも正式に入っている」

「夢だったんじゃないんですか?」

「そのつもりだったが、兄がいたからできたことだ。親族には端から快く思われていなかった」

「ご親族は、村岡さんにお兄さんの後を継いでほしいだけのことでしょう」

「そういうわけでもないんだ。だいたい、俺のことを認めていないんだ。残念ながら。それで、この先エムテイに戻っても、幹部にはならないと言ったら、次は父に会社から出ていけと言われた。それで、晴れて俺は自由の身となった」
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