霊感御曹司と結婚する方法
彼女の退職理由 ー糾司視点ー
時間はさかのぼって、少し前の話だ。
俺は、本社に戻ってから、あの日のバーで姿を消した彼女の情報を得るために、人事に問い合わせていた。
自分も彼女と同じ会社の社員だし、父が社長の会社だから難なく可能だ。
依頼をしたのは、総務にいる中学からの同級生で同僚の吉田だ。今度起こす事業の共同代表者でもある。
「今月退職予定の、例の支社の女性のことだけど、スカウトはやめたほうがいいと思う」
最初に言われた話は俺にとっては意外なことだった。
「何でだ?」
「人事評価に問題があるんだよ」
「……問題? 具体的には何だ?」
「社内不倫と金銭トラブルとあってさ。……それだけでは情報不足だし、支社の人事課に直接聞いてみたんだよ」
「……それで?」
「不倫相手の社員は既に病気で亡くなっているんだけど、その亡くなった彼の貯蓄を現金に変えて自宅に隠しもっていたという話だった」
「いくらだ?」
「三千万と聞いた」
「なんと」
「貯蓄は相手の妻に全額返還して、示談交渉の末、慰謝料も支払ったみたいだ」
「示談といっても一方的だろうな。どうして発覚したのだろうか?」
「それは、相手方の死亡手続きの過程ですぐわかったんじゃないかな。あるはずの財産が無かったわけで……」
「それはそうだな」
「金銭トラブルは、経理担当者にとって信頼を失う行為だし、僕たちの会社の事務員に、わざわざうちから出すこともないと思う。しかも赤枠付きの退職予定者なんて選ぶ理由はないし」
「赤枠って?」
「人事が要注意と判断した人物は、画面表示に赤い枠を付けて区別しているんだ。赤枠は懲罰およびそれに準じるものが対象者となる。彼女の場合、記載事項としてあるのは、社内不倫と金銭トラブル、そして示談交渉で慰謝料を支払ったという事実かな」
「……それって、思いっきり個人的な事柄じゃないか。会社とは無関係の。これを人事評価のデータとして残すのか? ……うちの会社は、こんなことをしているのか?」
「知らないよ。本部でしかアクセスできないから構わないという考えではないかな」
「社員が退職してもデータは残りつづけるのか?」
「もちろん」
「漏洩することの懸念はないのか?」
「例えば、このデータが人材派遣会社に渡れば一大事かな。今のところないみたいだけど、今後ないとも言い切れない」
「うちが付けた人事評価だろう? そういうことが仮に起きたとして、レッテルをはられた社員が、果ては、普通の人生を歩くことができるのだろうか?」
「そんなことを言っても、今すぐどうこう出来ることではないと思う」
「そうだな」
「人事データの更新は、君のお兄さんレベルの責任者の決裁がないと出来ないよ」
「知っている。面倒なことは頼まないから安心しろ。……この話はもうやめておく」
あの夜、あの女は酷く疲れているように見えた。それは今の話で納得した。不倫、死別、金銭トラブル……、それらがどう組み合わさっても彼女の雰囲気には合わない。だから、あんなに疲れていたのだろう。もちろん、俺は彼女を放ってはおかない。
「とにかく、この彼女のこと、俺が欲しい。上手くやっておいてくれ」
「……わかった」
「あと、俺がエムテイの経営者一族の出身であるということは、彼女には絶対に明かさないでほしい」
「どうしてさ?」
「萎縮するだろ?」
「……そうかな? まあ、了解したよ。本部長にもそう伝えておくよ」
吉田は人事本部長への依頼をこの場で出すと言ってノートパソコンをひらけた。起動するまでひとり言をつぶやいていた。
「何の気まぐれだか。この社員にこれといった実績があるわけでもないし……。人を見抜く目は超能力的なんだが、これはどうなんだろう」
「聞こえているぞ。何か問題でも?」
「……ないよ」
「頼んだからな」
俺は、本社に戻ってから、あの日のバーで姿を消した彼女の情報を得るために、人事に問い合わせていた。
自分も彼女と同じ会社の社員だし、父が社長の会社だから難なく可能だ。
依頼をしたのは、総務にいる中学からの同級生で同僚の吉田だ。今度起こす事業の共同代表者でもある。
「今月退職予定の、例の支社の女性のことだけど、スカウトはやめたほうがいいと思う」
最初に言われた話は俺にとっては意外なことだった。
「何でだ?」
「人事評価に問題があるんだよ」
「……問題? 具体的には何だ?」
「社内不倫と金銭トラブルとあってさ。……それだけでは情報不足だし、支社の人事課に直接聞いてみたんだよ」
「……それで?」
「不倫相手の社員は既に病気で亡くなっているんだけど、その亡くなった彼の貯蓄を現金に変えて自宅に隠しもっていたという話だった」
「いくらだ?」
「三千万と聞いた」
「なんと」
「貯蓄は相手の妻に全額返還して、示談交渉の末、慰謝料も支払ったみたいだ」
「示談といっても一方的だろうな。どうして発覚したのだろうか?」
「それは、相手方の死亡手続きの過程ですぐわかったんじゃないかな。あるはずの財産が無かったわけで……」
「それはそうだな」
「金銭トラブルは、経理担当者にとって信頼を失う行為だし、僕たちの会社の事務員に、わざわざうちから出すこともないと思う。しかも赤枠付きの退職予定者なんて選ぶ理由はないし」
「赤枠って?」
「人事が要注意と判断した人物は、画面表示に赤い枠を付けて区別しているんだ。赤枠は懲罰およびそれに準じるものが対象者となる。彼女の場合、記載事項としてあるのは、社内不倫と金銭トラブル、そして示談交渉で慰謝料を支払ったという事実かな」
「……それって、思いっきり個人的な事柄じゃないか。会社とは無関係の。これを人事評価のデータとして残すのか? ……うちの会社は、こんなことをしているのか?」
「知らないよ。本部でしかアクセスできないから構わないという考えではないかな」
「社員が退職してもデータは残りつづけるのか?」
「もちろん」
「漏洩することの懸念はないのか?」
「例えば、このデータが人材派遣会社に渡れば一大事かな。今のところないみたいだけど、今後ないとも言い切れない」
「うちが付けた人事評価だろう? そういうことが仮に起きたとして、レッテルをはられた社員が、果ては、普通の人生を歩くことができるのだろうか?」
「そんなことを言っても、今すぐどうこう出来ることではないと思う」
「そうだな」
「人事データの更新は、君のお兄さんレベルの責任者の決裁がないと出来ないよ」
「知っている。面倒なことは頼まないから安心しろ。……この話はもうやめておく」
あの夜、あの女は酷く疲れているように見えた。それは今の話で納得した。不倫、死別、金銭トラブル……、それらがどう組み合わさっても彼女の雰囲気には合わない。だから、あんなに疲れていたのだろう。もちろん、俺は彼女を放ってはおかない。
「とにかく、この彼女のこと、俺が欲しい。上手くやっておいてくれ」
「……わかった」
「あと、俺がエムテイの経営者一族の出身であるということは、彼女には絶対に明かさないでほしい」
「どうしてさ?」
「萎縮するだろ?」
「……そうかな? まあ、了解したよ。本部長にもそう伝えておくよ」
吉田は人事本部長への依頼をこの場で出すと言ってノートパソコンをひらけた。起動するまでひとり言をつぶやいていた。
「何の気まぐれだか。この社員にこれといった実績があるわけでもないし……。人を見抜く目は超能力的なんだが、これはどうなんだろう」
「聞こえているぞ。何か問題でも?」
「……ないよ」
「頼んだからな」