愛は手から零れ落ちる

嶋村(しまむら) 朋美(ともみ) 28歳、来月結婚しまーす! 〟

大きい声では恥ずかしいけれど、世界中に叫びたい気分だった。


私は子供のころから存在感が無く、いるかいないかわからないとよく言われた。
遠足で置き去りにされたこともあった。

両親は、私が1歳の時に火事で亡くなった。私は母が抱きしめて守ってくれたので助かったらしい。

写真も何もかもが燃えてしまった。母の姉である叔母がアルバムの中から私が生まれてお宮参りの時の3人一緒に写っている写真を1枚剥がし私の手に持たせた。

私の両親の記憶はそれだけ。その他には何もない。


叔母は体が弱かったので、私を引き取る余裕はなかった。
父方の親戚はもっと疎遠だった。どうも両親は駆け落ち結婚だったようで父方にも引き取ってもらえなかった。

その為、私は施設で育った。


学生時代は勉強ばかりして、教室でもずっと下を向いていた。
当然のことながら友達は出来なかった。
おかげで勉強はできるけど、世の中を知らずに育ってしまった。

そして唯一の心のよりどころだった叔母も私が高校に入った年に亡くなった。


そんな私は両親の遺産のおかげで大学を卒業し、この市役所に勤めることが出来た。

半年前、上司の部長の勧めで見合いをした。

相手は (たち) 正人(まさと)さん35歳。
同じ市役所に勤めていた。
彼は、バツイチ、離婚の理由は奥さんの不倫らしい。
子供が一人いたが奥さんが引き取っていた。
その子供も達さんの子でないという噂話が市役所の女性たちの中で流れていた。

私は今まで恋をしたことが無い。
結婚というものは誰かの紹介で見合いをして、よっぽどのことがなければそれを受けるものだと認識していた。


こんな私にこの結婚はもったいない話だった。

部長は、私の生い立ちや育った環境のことも知っていた。
まじめな私をいつも気にしてくれていて、仕事も認めてくれていた。
だからこの話を進めてくれたのだと思う。
ありがたい。

達さんは地味だけど優しい人。デートというものも初めて達さんとした。

何度かデートを重ね、達さんからプロポーズを受け、婚約指輪をもらった。
プレゼントなんかもらったことのない私は嬉しくて涙が出た。
そしてその日、私たちは結ばれた。

私は初めて家族が出来ることがなによりうれしかった。
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