一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました




繭の会社の人達も既に会場入りしていたが、その中でも部長の顔が険しくて、周りの社員は皆引いていた。

そして、たまたま隣に座ることになった同じ部署の男性社員が、見兼ねて問いかける。



「どうしたんですか部長、顔怖いですよ」
「……この式が終わったら披露宴だろ?」
「はい、そうですけど」



すると、大きなため息をついた部長が内ポケットから取り出したのは、折り畳まれた一枚の紙。



「新婦側の主賓として祝辞述べるんだよ……」
「そうなんですね、頑張ってください」
「おま、簡単に言うなよなっ」



部長の気持ちには特に寄り添うつもりのなかったその社員は、プイと前を向き直した。

しかし、まだまだ自分の話を聞いて欲しい部長は、関心の持っていない社員に絡み出す。



「里中にお願いされた時は当然と思って引き受けたんだけどよ、今になって緊張してきたぞ」
「……部長でも緊張するんですね」
「当たり前だ、しかも新郎側で選ばれるのは絶対医者だろ?」
「いや知りませんけど」



今回の披露宴では新郎側から一人、新婦側から一人の主賓が選ばれ祝辞を述べる予定にあるらしく、部長が何を言いたいかというと。



「立派な医者が祝辞述べた後に俺だぞ、ショボすぎるだろ!」
「…………。」



どうやら見た目や器量、品性を気にしているらしく、繭に頼まれた祝辞を簡単に引き受けてしまった事を、今更ながら後悔し始めた。

その時、部長が持っていた紙を何も言わずに奪った社員は、祝辞の内容にさらっと目を通して一言。



「何の問題もありませんが?」
「は……?」
「里中先輩を大事に育てたことが伝わるし、お祝いの言葉も温かいです」
「マジかぁぁぁ〜!?」



先程まで冷たい態度だった部下の意外な高評価に、つい泣きそうになる部長の緊張はすっかり解け、披露宴までには自信を取り戻せそうだった。



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