一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました




その後ろ姿を見ながら、相変わらず人の話聞かないし空気の読まないマイペース人間だと再確認した繭は、昔からそんな母親が苦手だった。


仮面夫婦の両親が離婚した時、成人していた繭の住まいは既に別にあり、苗字も変えなかったためあまり影響はなく。

しかし母は何かと一人暮らしの繭の家に立ち寄っては、近況や時事ネタを話したがる。



「……今日は何でこっちに?」
「握手会があったの、好きな作家さんのね」
「そう……」



パジャマのまま着替えようともしない繭は、冷蔵庫から出した麦茶をコップに注ぎ、まるで自分の家のようにソファへと座る母に手渡した。

それに口をつけた時、繭はボソッと呟くようにお願いする。



「それ飲んだら、帰ってくれる?」
「……っえ?」
「今日は体調が悪いから寝ていたいの……」



来たばかりの母を追い返すのは多少心が痛んだが、初デートを延期にしてまで体調を優先したからには、今しっかり休んでおかないと椿にもお腹の子にも悪いと思った。

しかしそんな事情を1ミリも知らない母は、一人娘に邪険に扱わられたと思って不貞腐れる。



「……せっかくきたのに、いつにも増して冷たいわね」
「…………っ」



自分都合で勝手に訪問してきたくせに、という言葉が出てきそうになった繭。

それと同時に、何故娘がそんな事を言わざるを得ないのか考えてもくれない母に、幻滅したし悲しくもあったが。

母も同じ思いを抱いたのか、一瞬寂しそうな表情を浮かべているのが目に入った。



「…………」
「…………」



気まずい空気が部屋中に漂っている。

すると突然、玄関先から聞き覚えのある声がして、繭の名前を呼んできた。



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