一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました
一人娘が生涯のパートナーを見つけて幸せに暮らしていく事を、口には出さずともずっとずっと願っていた母。
いつか必ず親が先に死ぬ、その時に遺された娘に寄り添い守ってくれる人がいると知っているだけで、極楽浄土へと旅立つ親は安心するものだから。
今ようやく、この世でたった一つの宝物を誰かにお任せしても良いと、心からそう思えた瞬間だった。
「(いくつになっても、子供は子供だもの……)」
幼い繭には間違った夫婦像を植え付けてしまったと反省しているし、もっと愛情を注ぐ事が出来たはずと後悔もしている。
それでも繭が成人するまで父と母が離婚しなかったのは、夫婦間の愛は冷め切っていても繭への愛情は互いに抱いていたし理解していたため、親権で争いたくなかったから。
繭からしてみれば勝手な親のエゴだと思うかもしれないが、父にも母にも子供という存在は繭しかおらず、たった一つの宝物を守る為には冷め切ろうとも夫婦でいる事が一番良いと判断していた。
だから繭が無事成人した時が節目であり、晴れて離婚を成立させたのだ。
「……お母さん、バスの時間あるからもう帰るわね」
「え?」
「椿さんごめんなさいね、また今度ゆっくりお話しましょう!じゃあねっ」
キッチンに立つ繭と椿の返答も待たずにバタバタと玄関へ向かった母は、まるで竜巻のように突然現れ繭をかき乱すだけかき乱して、消え去っていった。
呆気に取られながらもお見送りしようとした繭が玄関へと向かうが、既にドアは閉まっていて母の姿はない。
「はあ……来る時も帰る時もホント勝手なんだから」
「何だか元気で明るいお母さんだね」
大きなため息をついてボソッと不満を漏らした繭に対し、椿は繭とは正反対な母と出会って嬉しそうに話していた。