大正浪漫 斜陽のくちづけ
 しばらく繋がったまま、眠りについてしまったようだった。緊張で力んでいたせいか、あちこち体が痛んだ。
 抜け出そうと四苦八苦していると、相楽も目を覚ます。

「起きたのか」
「起こしてごめんなさい」

 ゆっくりと結合を解くと、下から出血していることに気づき驚いた。
 下腹部に残る生々しい異物感と淡い痛み。

 昨夜自分に向けられた激しい欲情を思い出すと、心も体も委縮してしまう。
 本には自然なことだと書いてあったが、やはり自分の体が変わってしまったようで、怖くなった。

 黙って相楽が体を拭いて手当したが、それすらも情けなくていたたまれない気持ちになった。
 痛みと驚きと心細さなど様々な感情が沸き上がってきて、泣いてしまった。相楽はなにも言わず、凛子の涙を拭い髪を撫でていた。

 時折見せる彼の優しい一面を見ると、胸が切なく疼く。

「どうした?」
「いえ……」

 これほど身近に他人の体温を感じたことなどない。素の肌を寄せ合っていると、いつまでもこうしていたいような安心感と心地よさがあった。

「家が恋しいのか?」
「……少し」
「そうか。羨ましいな。大切に愛されて育ったのがわかる」

 つまり相楽はそうではなかったということだ。

「そうかもしれません」
「俺の母親は忙しくてね、熱を出そうがなんだろうが、息子に構う暇なんかなかったが、今思えば必死だったんだろうな」
「大変だったんでしょうね」

 なんと答えても無神経になりそうで、当たり障りのないことしか言えなくなる。

「そんな憐れむような目で見なくていい。ただの昔話だ」
「自分ならどうしたかなって。子供を抱えて一人になってしまったらと思うと」

 ──でもセツさんは?  彼女に同じ思いをさせているの?
 思い浮かんだ疑問も、口に出せずに呑み込んで、そっと相楽の胸に身を寄せた。
 辛い過去も夫の女性関係も、今は忘れたかった。
 子供をあやすように大きな手で優しく触れられているうちに、戸惑いは霧のように消えて気づくと再び眠りについていた。

 凛子が目を覚ますと、うっすらと朝日が射していた。
 昨夜の濃厚な情事を思いだす。男女とはあれほど濃密な交わりをするものなのかという驚きがあった。それともあれは相楽だからなのだろうか。

 眠っている彼の顔を見ると、邪気のない顔をしている。普段は隙など人に見せることはないだろう。
 妻となったことで、今まで見えなかった部分も見ることになる。

 ──私はこの人が好き。だから聞けない。他に女の人がいるなんて知ったら、もう一緒にいられないもの。
 生来の臆病さゆえ、凛子は沈黙を選ぶしかなかった。
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