大正浪漫 斜陽のくちづけ
見られるべきでないものを見られてしまった気まずさに黙りこむ。
セツのことを知ってから、ぎくしゃくとした態度しか取れず、まっすぐ向き合うことができなくなった。
帰りが遅ければ、あちらの家に行っているのではないかと疑う日々だった。
どれだけ甘い言葉を囁かれても、体を求められても埋まらない溝がある。
「いつまで過去に囚われているんだ? 過去に心を預けても、思い出なんぞなんの役にも立ちはしない」
処分するために開いていただけなのだと弁明すればいいのに、なぜだかしたくなかった。
昼間、市村が来て怖い思いをした。その話をしたかったのに、苛立った様子で問い詰められて、反発する気持ちが芽生えた。
夫から酒と白粉の香りがして、凛子の苛立ちもまた沸点を超えた。
今日は厄日かもしれない。
「あなただって」
私に言えないことがあるじゃないの──そう言いかけて口を閉ざした。
凛子はまだ肝心のことを聞けずにいた。まだセツと繋がっているのではないかという暗い疑惑に怯えていたからだ。
夜毎囁かれる愛の言葉を信じることができたら、どんなに幸せだろうか。
「──『あなただって』なんだ?」
怒っている顔を初めて見た。腕を引き寄せられ、まるで尋問されているようだ。いつもより声が低い。
「私の気持ちをわかってもらおうなんて思いません。離してください」
目も合わせず、横を向いて全身で夫を拒絶する。
──ちゃんと話し合わなきゃ。
そう思っているのに、あの女性と会ってきたのかもしれないと思うと、裏腹な態度を取ってしまう。
自分と結婚するためにあの少年を捨てたのだろうか。それともまだあの母子と懇意なのだろうか。どちらにしても凛子にとっては聞くのも辛い話だった。
はっきり肯定されたら正気でいられるだろうか。
傷つかないために心を凍らせても、彼に愛されたいという気持ちが日々強くなる。自分の中の欲に気づいてから、ますます身動きが取れなくなっていた。
そんな思いを知らない相楽が凛子を横抱きにして寝台に下した。背広を脱ぎ捨て、タイを緩めるのを見て、なにをするつもりなのか気づく。
殺伐とした気持ちのまま、そんなことをする気になれない。
「今日は嫌!」
「俺が嫌いか」
酔っているのか、目が据わっている。
「痛っ」
覆いかぶさってきた彼に首筋に歯を立てられた。
怖くなって起き上がり、逃げ出そうとすると、両手を押さえつけられ、体重をかけられる。初夜に感じた恐れとは別のものだ。
凛子を翻弄することはあっても、気遣いは常に忘れていなかった。普段ある余裕が今日はない。
片手だけで素早く凛子の服を剥ぎ取る。
灯りのついたままの部屋で全裸にされ、恥ずかしさと屈辱で頬が染まる。